Back

三井グランド訴訟裁判官忌避申立書及び忌避申立声明

 

平成18年(行ウ)226号、636号、平成19年(行ウ)72号、484号

土地区画整理事業施行認可処分取消等請求事件

原  告  由井玲子  外

被  告  東京都  外

 

 

裁判官忌避の申立書

 

 

平成19年9月19日

 

東京地方裁判所 御中

 

申立人(原告)由井玲子 ほか58名

(申立人目録記載のとおり)

上記申立人(原告)ら訴訟代理人

弁護士  斉藤 驍 ほか36名

                   (代理人目録記載のとおり)

 

 

第1 申立の趣旨

 東京地方裁判所民事38部に係属している平成18年(行ウ)226号、636号、平成19年(行ウ)72号、484号土地区画整理事業施行認可処分取消等請求事件について、同事件を担当している裁判長裁判官杉原則彦、裁判官松下貴彦、裁判官島田尚人をいずれも忌避する。

 

第2 申立の理由

はじめに

 裁判と裁判官が公正でなければならないことはいうまでもない。そして、公正な裁判といえるためには、予断と偏見を持たずに、当事者の主張に充分耳を傾け、証拠を精査することであることも過言を要しない。あらかじめ結論を持ちながら、あたかもそうではないかのように振る舞い、判決に及ぼうとする「騙し討ち」は論外である。

本件は、通常よく問題になる訴訟指揮の不公正という表層に現れるだけの事案では全くなく、以上述べたところの代表的なものであることを冒頭に指摘する。

 

1.本件の特徴とその歴史的性格

  本件が生じた舞台は、後述する三井グランドをマンション等に開発する区画整理施行認可処分等、一連の行政処分の取消と差止めを求める周辺住民の行政訴訟である。

行政訴訟は、対等を建前とする一般民事訴訟と異なり、情報その他あらゆる意味で優位にたつ行政の違法をただそうとする住民、国民の間における争いを中心としている。従って、ただでさえ住民、国民に分が悪い。これに輪をかけたのが、行政を援護する結果となる最高裁判所の姿勢であった。

具体的には、開発や公共事業で健康や生活環境で著しい被害をうける周辺住民の原告適格を、その被害は「反射的」なものにすぎないとして、全部もしくはそのほとんどを否定し、裁判で争うことすら認めないのであった。しかも、原告の適格を例外的に認めた場合でも、「行政の裁量」をほとんど際限なく認め、その違法を免責してきた。その結果、官権政治がはびこり、環境はもとより、あらゆる分野で我が国の荒廃が進んだ。

これを憂慮する国民の声が次第に高まり、ひとつのうねりとなりつつあった。国会でも問題になるようになり、ついに最高裁判所は「門戸開放」と称して大きな軌道修正を行った。これが2005年4月10日施行された行政事件訴訟法の一部改正であり、同年12月7日言い渡された小田急事件最高裁判所の判決であった。同判決(以下「大法廷判決」という)は、連続立体交差事業(俗称鉄道高架化事業)の事業地周辺の5万3千世帯、約20万人の周辺住民に対し、都市計画法の解釈の転換によって原告適格を認めた。前例のない巨大な規模であり、心ある法律家はもとより、一般市民、マスコミは「門戸開放」は実現され、今後は行政を野放しにするのではなく、行政に対する裁判所の統制(裁量統制)が進むものと理解し、この判決を大歓迎した。大法廷判決以降、今まで原告適格により争うことができなかった住民、とりわけ都市計画、環境に係わる問題を控えていた市民「周辺住民」が、訴訟を次々と提起し、またはしようとしている。

本件の舞台となっている三井グランド事件は、その嚆矢というべきものである。

しかし行政訴訟の不全は、原告適格、裁量統制の欠落によって生じたものというよりは、最高裁判所と行政の構造的癒着に基因するものである。両者はその結果と考えた方がよい。判検交流から顕著になり、今では法務省のみならず大蔵省等中央省庁、各種行政委員会等への出向、日常的交流がなされ、行政事件訴訟法の改正、大法廷判決を生み出す一因となった「行政司法改革」なるものは虚妄といわれる小泉構造改革の一環としてなされている側面が明らかにある。行政訴訟の現場では、国等を代理する訟務検事を裁判官が務め、国民は「ふたりの裁判官」と対席して裁判に臨まなければならないから、この壁を突破することは容易なことではない。この構造は今なおただされていない。このことから、大法廷判決が本当に国民、住民の期待を実現するものになるかどうか懸念を抱く人々も少なくなかった。しかし我々は、大法廷判決は行政訴訟の根本的改革の出発点であり、またそうしなければならないと考えている。行政の違法をただせず国民、住民を疎外する状況をいつまでも続けることはできないからである。しかしこれを実現するためには、最高裁判所の行政訴訟の現場ともいうべき東京地方裁判所行政部の裁判官が、憲法第76条3項が求めている裁判官の独立、何よりも行政から独立する姿勢と理念に転ずることである。この姿勢と理念を、自らの内に確立できる者だけが、大法廷判決が示唆している従前の行政訴訟の病弊をただし、公正な裁判を実現することができる。果たして、裁判長裁判官杉原らはそのような存在であったのであろうか。この肝心な問題の前に、同杉原らが主宰した三井グランド事件の意義について、指摘しておかなければならない。

 

2.緑地の喪失と官民談合開発の象徴――三井グランド事件

  今夏の酷暑はすさまじく、8月15日、埼玉県熊谷市、岐阜県多治見市で40.9度の史上最高気温を記録し、東京、大阪は35度を超える平均最高気温となった。これは偶然の異常気候ではなく、地球温暖化、ヒートアイランド現象という人災であることは過言を要しないし、多くの人が充分気付いたであろう。

アスファルトジャングルは人の命まで危険にさらす事態となっている。この熱汚染の軽減は容易なことではないが、少なくとも熱を冷まし、空気をきれいにする緑地が絶対に必要であることは、国土交通省や環境省も言葉の上では認めざるを得なくなっており、心ある国民の全てが認識している。

我が国の大都市は、際限のない市場原理主義により、不可欠な緑地の大半を失っている。今こそ建物を取り壊してでも緑地を回復しなければならない。少なくとも現状の緑地を喪失させることは論外であることを、今夏の酷暑は示したのである。

三井グランドは、1933年(昭和8年)我が国で初めてつくられた「東京緑地計画」に協力する目的で、当時の日本製鉄等の大企業とともに神田川沿い放射環状緑地の重要な一端として杉並区浜田山につくられた8.3ヘクタールの緑地である。「東京緑地計画」は、緑地を都市の不可欠な施設(社会資本)とする欧米の1920年代の都市政策、都市計画を速やかに吸収して、首都圏100キロメートルを計画範囲とし総合的な自然環境保全と公園緑地のグランドデザインを日本で初めて提示し、計画された環状緑地帯は、幅員1〜2キロメートル、面積1万3623ヘクタールに及ぶばかりでなく、さらに都心部に向かい低湿地または丘陵状の土地に神田川沿いの和田堀、高井戸、井の頭等楔状の緑地をつくるという、壮大かつ歴史的なものであった。

第二次世界大戦後、この神田川沿いの緑地帯は戦後復興計画の中でも東京の枢要な緑地軸として位置付けられ、緑地地域として1969年まで継承された。現行都市計画法(以下「新法」という)が施行される直前、旧都市計画法(以下「旧法」という)のもとで、9千ヘクタールにのぼる東京23区の緑地地域は全廃され、「土地区画整理を施行すべき区域」として都市計画決定されたが、三井グランドの存在する杉並南部地域約470ヘクタールは、緑地の伝統から建ぺい率30%、容積率60%という建築制限がされ、三井グランドをはじめ基本的に緑地として維持されてきた。従って、三井グランド周辺の緑地は70年以上の歴史と伝統を持ち、三井グループ自身も連合運動会を行うなど、三井迎賓館とともに誇りにしていたものである。また、三井グランドは周辺住民の宝物でもあった。そこを襲った開発に対する驚きと怒りを、原告の安藤尤子は第1回口頭弁論期日で、裁判所に対し簡潔かつ勘所を外さぬ見事な表現でこう訴えている。

 

 「私は昭和17年から64年もの間、三井グランド北側から徒歩1分のところに住み、現在は孫夫婦と曾孫まで4世代同居をしている一住民でございます。

三井グランドは、春の桜、夏の緑陰、秋は紅葉、冬の雪景色、それぞれ素晴らしい自然に恵まれていました。昔は出入りも自由で、近所の子供たちはグランド内で、ブランコ、滑り台、虫取りに興じ、芝生を駆け回り、わが庭のように慈しみ愛してきた、まさに住民のオアシスでした。

土日になると運動会が開かれ、さわやかな風とともに、はずむ声が届き、生い茂るこずえを仰ぎながら、また、グランドに集まる野鳥の群れをながめながらの周辺の散歩など、この地に暮らす幸せをかみしめる日々でした。

昭和47年、東京都が、災害時の広域避難場所に指定したと聞いたときには、ああよかった、有難いことだと感謝したものです。

「大地震があったときは、三井グランドで会おうね」が、家族の合言葉になりました。井の頭街道沿いに高層マンションもでき、人口は増え続け、不安は募る一方でしたが、それでも三井グランドがあるからと、思っていました。

それが、この度、突然グランドを潰し、マンションが何棟も建つという通知です。

私たち住民にとって正に寝耳に水、晴天の霹靂とはこのようなときにぴったりの言葉です。東京でも大地震が予測され、防災のため何百億もの予算が組まれていると言われています。すでにある2万5千坪もの広大な広域避難場所を潰してしまうことは、税金の無駄遣いそのものだと思います。

杉並区が決定した地区計画の目標は「避難場所としての機能及び避難路の確保を図り、周辺地域と調和した緑豊かで良好な低中層市街地の形成をめざす」と書かれています。オープンスペースがなくなり、マンションが立ち並ぶ場所のどこに避難せよというのでしょうか。グランド周辺一帯が低層住宅地なのに、その中心にある場所に6階建てのマンションを建てることが、どうして周辺地域と調和することになるのでしょうか。

さらに、グランド中央には16メートル道路の補助215号線が作られると言います。その道路は、やがて南北に延び、我が家の敷地を貫きます。都内でもまれに見る、静かな町並みは、不必要な大きな道路が貫き、高層マンションが立ち並ぶ住みにくい街へと変貌していこうとしています。一企業の営利と、住民の生活を守らない行政のために、慈しんできたまちが破壊される愚かな決定を、どうしても認めるわけにはいかないのです。

三井グランドは東京緑地計画に基づき、国の政策として企業や官公庁のグランドとして誘致されたと聞き及んでいます。

緑地を残すという趣旨に賛同した地主たちが、一坪約11円、総額30数万円ほどで三井に売却したものだそうです。緑地として残すことを前提にして取得したグランドを、営利だけのために売り飛ばすことが許されてよいとは到底思えません。

我が家の近くにお住まいの小山五郎さんは、三井銀行の会長をされていました。三井グループを率いてきた総帥ともいえる方です。小山氏は今年3月惜しくも亡くなられましたが、最後の最後まで三井不動産の見識のなさを憂い、「三井グランドと森を守る会」が三井不動産岩沙社長あてに提出したグランド保全を願う住民の署名簿と手紙に添え、次のようなメッセージを届けられました。

 

『長年三井グループに関与してきた一人として、今回の決定は誠に残念である。三井グループの共有の財産として、故江戸英雄氏とともに戦後の厳しい時代から近年まで維持・運営してきたものであり、今や社会的責任をも担っている。そもそも企業経営は事業を興して利益を追求していくことを当然の責務としているが、さりとて貴重な居住環境を破壊してまで行うことは、企業の社会的責任からみていかがなものか』

 

心ある企業家のこの言葉を、三井不動産社長はどのように聞かれたのでしょうか。私たちの安全を第一に考えなければならないはずの杉並区長、東京都知事にもぜひこの言葉の重みを考えてほしいと思います。

私は、かつての第二次世界大戦時に『戦争で多くの人命が失われるのは愚かなことだ』と考えながらも、『耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び』ながら言論の自由などまったくない時代を過ごしてきました。当たり前のことを声に出して言える時代まで生きてこられたことを感謝しています。しかし、もの言う自由が保障されても、正しいことが認められないのでは、戦前となんの違いもありません。

今ここで、ほんとうにもう最後になった空地を手放してしまえば、取り返しがつかないことになる、このことはだれしもがわかっていることです。その当たり前のことが、おろかな政治家のために、今失われようとしているのです。

どうか、裁判長、現地を見にいらしてください。すでについ数ヶ月前までの美しい大地は、むき出しにされ、荒れ果てています。しかし、コンクリートを流しこんでいない今の状態なら、じきにもとの美しい自然を取り戻せるでしょう。今ならまだ間に合います。二度と手にすることができない自然を、良好な住環境を、叡智をもって守ることに全霊を傾けるのが行政の必要最低限の責務であるはずです。

私の亡父は法曹界に一生を捧げましたが、「司法は一国の良心である。国におけるもろもろの営みを分析批判して、それを正しくあらしめることが、司法の機能である」と語っておりました。行政が住民の命を守る機能を果たさないのなら、裁判の正当な裁きでもって、孫子の代まで安心して住めるまちを守っていただきたい。法の番人にはその力も策もあるはずだと信じて止みません。」

 

遅くとも平成15年頃、三井不動産は三井グループにおいても宝物であったこの三井グランドを取り潰し、大規模マンション開発(9棟650戸、一戸建て50戸を含む計700戸、人口約2000人)をするという方針を固め、杉並区、東京都等官側と密議に入った。これは原告安藤のいう通り、三井グループの元老小山らにも内密で進められた。同グループの歴史と社会的責任を重んずる元老から反対されることを恐れたこともその理由の一つであったが、何よりも周辺住民の動きを極力封じるためであった。

三井グランドは南部4.8ヘクタール(以下「南地区」という)が先述したとおり杉並南部土地区画整理都市計画地域の一部であり、建ぺい率30%、容積率60%という都市計画制限がなされ、北部(以下「北地区」という)は、上記都市計画区域外ではあるものの、建ぺい率50%、容積率100%と近隣周辺と同様の制限をうけており、いずれも第一種低層住居専用地域に指定されていた。この制限のもとでは、上記開発は不可能であることを三井不動産は当初から承知していたが、行政との談合によりこれを緩和させようとしていたのである。

一方、東京都、杉並区は、これまた原告安藤のいうとおり、三井グランドの中央を南北に縦断する都市計画道路補助215号線(幅16メートル)が存在することから、開発によりこれが事業化されればこれを南北、とりわけ浜田山駅周辺に連なる北側の中高層都市再開発の突破口になると判断し、三井グランド等を神田川沿いの水と緑の空間軸と杉並区のマスタープランに位置付けられていることをも省みず、これに応じたのである。ここには、現在行政及び事業者に対し環境基本法等が求めている緑地の喪失等に対する環境配慮はおよそみられず、企業の営利と官の便宜があるだけであった。

談合の結論は単純である。8.3ヘクタールの緑地を取り潰し、その大半7.09ヘクタールの建築延べ面積を確保すること、北地区を第一種低層住居専用地域から第一種中高層住居地域に緩和すること、都市計画道路補助215号線をつくること等であった。

しかし、場所が場所であるだけに、これを正当化する都市計画制限緩和の手順は複雑なものにならざるを得なかった。南地区は前述のとおり土地区画整理の都市計画区域であるから、これを重く見れば面積も小さい北地区を都市計画区域に組み込み、一体となった区画整理を行うのが常識であり、土地区画整理法などの求めるところであったが、こうすると70年に亘る緑地の伝統、470ヘクタールに及ぶ杉並南部土地区画整理都市計画区域における用途地域の都市計画制限の厳しさ、環境アセスメント等、北地区を中高層地域にすることは不可能となる。

そこであえて、南地区は都市計画事業、北地区は普通の区画整理事業という2つの事業として切り分けた。実体と形を分離すれば無理を生じるのは当然である。例えば、北地区には土地区画整理法が求める公園も区画道路もないことになった。北地区にマンションの面積を極力とるためであり、これ自体違法であるが、2つに切り分けた無理の産物であることは明らかである。

都市計画法、土地区画整理法、アセスメント法等の環境実定法から見て、違法性の極めて強い2つの区画整理を起点として、用途地域の変更、高度地区の変更と規制緩和をしたうえ、今度は三井グランドをひとつのものとして、地区計画で北地区の高さ制限、壁面後退等でしぼりをかけたように見せかけたうえ、さらに3つ以上の一団地認定という規制緩和を行い、マンション等の建築確認が結点となる。この一連の行政処分の数は60以上にのぼり、通常の市民では簡単に理解できないものとなっている。

しかしこの「複雑さ」の由縁は実に簡単である。緑地を喪失させてマンションで埋めるということが、環境の整備改善、広域避難場所の確保になるはずがない現在の状況において、あたかもそれが実現するかのように思わしめるための手順という小細工なのである。従って、起点となる区画整理が違法であれば、その後の処分も全て違法となるばかりではなく、このような作為のもとでなされる一連の処分にも無理が生じ、それ固有の違法が生ずる。周辺住民はこれを見抜き、開発に強く反対し、説明会、都市計画審議会等市民が参加し得るあらゆる領域で行動を続けた。反対署名は約1万名に及んだ。官と三井不動産は、このためさらに虚偽を重ねることになったが、自らを省みることなく、平成17年12月1日、区画整理の施行認可がなされ、違法な開発工事が一方的に始まり、住民は提訴に及ばざるを得なくなったのである。

三井グランド事件は、大法廷判決後の最初の環境訴訟であり、かつ緑地という極めて今日的意味を持つテーマを裁判所が真摯に受けとめるかが問われる地域を越えた大きな歴史的意義を有するものである。

 

3.騙し討ちの構造

(1)積み重ねられた虚偽とその綻び

  @ 三井グランドの周辺住民を代表する秋場秀一ら52名が杉並区長による前記南北2つの区画整理事業施行認可処分(いずれも平成17年12月1日告示)取消と、同地に建築される予定の9棟のマンション等に係る建築確認処分の差止めを求めて、東京地方裁判所に提訴したのは平成18年5月17日である。

この事件は、理由は定かではなかったが民事第38部に係属した(平成18年(行ウ)第226号)。さらに11月20日、原告市毛利喜夫ら7名が同旨の訴えを起こし、同部に係属し、前記事件に併合され審理された(平成18年(行ウ)第636号。以上2件の事件を「基本事件」という。)なお、平成19年2月13日訴えの変更及び追加の申立をしたところ、これは別件として扱われ、平成19年(行ウ)72号とされ、同様に7月27訴えの変更及び追加の申立について平成19年(行ウ)484号事件とされた。

同部の構成は、裁判長裁判官杉原則彦(33期)、裁判官松下貴彦(47期)、裁判官島田尚人(期不明)であり、いずれも本件忌避の対象となっている。審理を指揮する者はいうまでもなく裁判長裁判官であるが、この事件も本件申立に至るその全課程にわたってそうであった。そこで、裁判長裁判官杉原(以下「杉原」という)の経歴、言動を通して、本件忌避の原因たる「騙し討ち」等の経緯を述べることとする。

  A 杉原の経歴と責務

    杉原は、東京大学法学部を昭和54年3月に卒業し、司法研修所に第33期司法修習生として入所、京都で実務修習をした後、昭和56年4月裁判官となった。東京地裁を振出に、昭和59年7月最高裁行政局付に約2年、昭和62年より大蔵省証券局に約2年等の在籍を経て、平成6年3月より最高裁主計課長を約3年、平成11年より最高裁調査官となり、平成17年4月1日より1年間、行政の上席調査官に就任し、平成18年4月1日より東京地裁民事38部の部総括(裁判長)となった。以上が杉原の略歴であるが、現在に至るまでの裁判官生活のうち過半にあたる14年間は最高裁と大蔵省に在籍していたことになる。この種の人物が裁判所ではエリートとされている。

看過することのできないことは、杉原が上席調査官の時に、大法廷判決に関与していたことである。最高裁において調査官の果たす役割が大きいことは、司法の事情に明るい者にはよく知られた事実である。判決の結論さえ、調査官会議であらかじめ実質的に決定される。このビューロークラシーは強力であり、司法の官僚化の大きな一因となっていることは、かねて識者から指摘されている通りである。上席調査官の上には首席調査官がいるだけであるから、自己の専門分野における発言力は極めて強い。最高裁裁判官の実力者(キャリアの裁判官とは限らない)の後ろ盾がある場合は、小法廷の判決をしばしば左右することができる。「調査官判決」という言葉が生まれる由縁である。

大法廷判決の場合にはそう簡単ではない。多数意見、少数意見が分かれ、論争が厳しい時は、上席であれ対処は難しい。支持する意見が少数意見である場合等がそれにあたる。

しかし、大法廷判決の場合でも、上席は法廷意見の下書きもしくはたたき台をつくることはできるし、各最高裁裁判官が認めれば、そのまま法廷意見になる場合もある。もとより、自分の裁判官としての良心が許さないもの、意見を全く異にするもの等についてつくる義務はないし、つくってはならない筈である。しかし先述したビューロークラシーのもとでは、最高裁の裁判官、しかもその主流と意見を全く異にする者が上席調査官になれる筈もないから、最高裁判所の主流に沿って上席がたたき台をつくる訳である。杉原が大法廷判決にどのように関与したかは定かではないが、いずれにしても関与の度合いが大きかったことは明らかである。

大法廷判決の核心部分である都市計画法の解釈と原告適格に係る判断は、裁判官全員一致のものであるから、先述した通り最高裁が姿勢を転換して「門戸開放」をしたと評価されたのである。従って、これに背反する言動をすることは、公正な裁判官であろうとすれば許されないことはいうまでもないから、通常考えられないことであり、世間も我々を含む法律実務家、学者の多くがそう考えてきた。従って、上席調査官から東京地裁民事38部の総括となり、裁判実務の現場につけば、大法廷判決の「門戸開放」を率先して実行することが裁判の公正さを実現し、従前の行政訴訟不全の病弊を改革する責務を有することになるのは多言を要せず、我々も期待して審理に臨んだ。

(2)基本事件の口頭弁論は、平成18年7月26日を第1回とし、下記の通り7回行われ、本年7月27日、原告らの異議は顧みられず一方的に弁論を終結され、判決は9月28日と指定された。

      第1回  平成18年 7月26日  午後3時

      第2回  同     9月22日  午後3時

      第3回  同    11月10日  午後3時

      第4回  平成19年 2月13日  午後3時

      第5回  同     4月20日  午後3時

      第6回  同     7月 4日  午後2時30分

      第7回  同     7月27日  午後2時

    

審理期間が約1年というのは、行政訴訟、とりわけ住民の抗告訴訟の第1審としては従前と比較して極めて短い。原告適格がおよそ認められないものは別として、実体審理を要する場合は違法の基礎となる事実関係を行政が争う場合が多いので、人証の調べが必要となり、2年以上かかることが少なくない。ちなみに、大法廷判決の対象となった小田急連続立体交差都市計画事業認可処分取消訴訟では、実に7年を要した。

情報量だけではなく、資金力、組織力は行政がはるかに優位なので、処分の違法性を明らかにするのに時間がかかることから、訴訟は長期化する。その間に、事業や工事が進行し、住民はますます不利になる。従って、迅速な審理はそれ自体住民、国民にとって好ましいことであり、今次の行訴法一部改正を軸とする行政訴訟改革は、これを改善することをひとつの目標としていた。しかし、迅速な訴訟は住民、国民の言い分や証拠調べを尽くすという行政から独立した公正なものでなければ、徒に行政の行為を裁判の名において正当化するアンフェアで悪質な役割しか果たさない。杉原らの審理は、まさに後者であったのであるが、これが明らかになる過程を経時的に述べることとする。

@ 提訴したのは2において述べた通り平成18年5月17日であるから、第1回口頭弁論期日の7月26日まで約2月を要したことになる。これは、裁判所と我々の手数料(印紙)の算定に関する違いであった。抗告訴訟(主観訴訟)の手数料は処分数に原告の数を乗じて訴額とすると一応されていたが、行政側が処分を細切れにすると、住民は本件のようにマンション開発阻止という一つの請求であるのに、その数十倍の手数料を支払わなければならず、この規準を機械的に適用すると手数料だけで1人50万、100万という馬鹿げたことになる。このような発想の誤りは従前から指摘されてきたが、特に大法廷判決が出た後は根本的に考え直すべきテーマのひとつであった。学者からもそう言われていた。ところが杉原らは、さすがに建築確認については1つの請求とした(マンション9棟、一戸建て50戸であるから、処分は59あることになる)が、区画整理については北と南に分かれているので2つの請求とし、全部で3つの請求となるとして、我々が大法廷判決を引用しつつ1つの請求として取り扱うよう求めても、これを聞き入れず、裁判所がいう通りの手数料を納付しない限り第1回の期日は入れないと言い放った。そこで、公正かつ迅速な審理を早期に実現するために、「我々は貴庁の言われる通りの額の手数料を納付し、しかる後にまた改めて時間をかけて論じ、貴庁の御理解を得たいと考えます」(2006年6月7日付「手数料と訴訟進行に関する上申書」)と上申し、期日の速やかな指定を求めた。この上申書を提出した翌日、その理由は示さなかったが、手数料については我々の言い分を認めると姿勢を急変させた(同年6月8日事務連絡)。

大法廷判決により、原告適格を有する周辺住民の数は小田急事件において約20万人に達していて、原告の数が何千、何万に及ぶ場合も充分考えられるから、手数料の問題は「門戸開放」を左右する本質的問題のひとつである。従って、前記の算定を改めるのは当然のことであり、この理を裁判所も相当「理解」して善処したと我々は善解して審理に臨むことにした。一方、大法廷判決に深く関与したにしては理解に苦しむ言動ではあり、不審の念が氷解したわけではなかった。

法廷については、2で述べた事件の社会的性格から、我々は大法廷の使用と30分程度の弁論を上申し、これは手数料の問題決着後杉原らの容れるところとなり、第1回以降弁論終結まで大法廷が使用された。原告と傍聴は回を追うごとに増え続け、入りきれない場合も多かった。

A 第1回は訴状、答弁書陳述を型どおりに行った後、前記安藤ら原告の代表3名が陳述し、訴訟代理人が弁論した。杉原は、時折メモをとる等して、この時はよく聞いているように見えた。

B 第2回はさらに文書による要旨以下のとおりの釈明を被告杉並区、同東京都に対し命じた。

 

「B被告杉並区 土地区画整理法9条1項二号によると『事業計画においては環境の整備改善を図り、交通の安全を確保し、災害の発生を防止し、その他健全な市街地を造成するために必要な公共施設及び宅地に関する計画が適正に定められていなければならない』とされているが、本件の事業計画はこれを満たしていたのかどうか。その内容はどのようなものか。」

「C杉並区長が三井不動産株式会社に対して12月1日付の(南北2つの)土地区画整理事業施行認可処分がされるに至るまでの経過を具体的に明らかにされたい。」

「D本件土地区画整理事業の施行認可にあたって、震災時の避難場所として指定されている地域住民の避難場所について考慮したかどうか。考慮したとすればどのように考慮したのか明らかにされたい。これを裏付ける書証があれば提出されたい。」

「A被告東京都 本件区画整理事業が施行される土地の区域は・・・都市計画・・・施行区域として定められた区域であるのか。」

「B指定避難場所を決定する際の作業の過程がどのようなものであるかを明らかにされたい。」

「D避難場所等の指定が平成19年度には改定され、内容の詳細が明らかになるのはいつごろか。以上を裏付ける書証があれば提出されたい。」

 

官側は区画整理事業についてすら原告適格を争っていたが、これを棚にあげて我々も追及を準備していた実体上の違法性の核心に繋がる釈明で、この限りでは行政からの独立を示す模範解答に見えるものであった。この調子で杉原らが審理に臨めば、本件のような事態にならなかったことはいうまでもない。

C 第3回に官側はこの命令に応じる形での答弁とこれを「裏付ける」一応の書証を提出した。杉並区は区画整理を南北に切り分けた経過を具体的に明らかにすることは、すなわち三井不動産と官側が共同して進めた三井グランドマンション開発の経緯を明らかにすることに他ならないから、事実であるかどうかはともかく、三井不動産からの開発の申し入れが平成16年6月にあったことから、開発計画協議が始まったとして一応の顛末を述べた。そしてこれによれば、開発するマンション等の延べ面積を7.09ヘクタールとあらかじめ定め、区画整理を起点とし建築確認に至る60を超える一連の処分が策定、実施されていることをうかがわせるものであったが、もとよりこれを杉並区は自白したわけではない。「裏付け」資料の代表的なものとして区画整理事業施行認可申請書及び付属書類(設計図等の図面を含む)一式を南北それぞれ乙イ第11号証、乙イ第12号証として枝番も付さずに提出した。この一式は、経験則に従ってみれば区画整理の南北の切り分けがどんなに無理かつ違法なものであるかを示すものでしかなかった。北地区の区画整理は、土地区画整理法が求めている公園はおろか区画道路すらない有様で、マンションの建築面積を最大限にするための作為であることや、都市計画道路補助215号の建設については南北を貫いて行われ、これに該当する希少生物を含む貴重な緑が失われ緑のコリドーが切断されることも図面上明らかであった。

3回目において、杉原は「立証の必要はないな」と小声でつぶやいた。官側の答弁に満足したものなのか、先述の一式を「動かぬ証拠」と考えたのか、審理はまたとば口であり、立証の必要の是非を判断できる段階ではないことは明らかであったから、真意の分からない奇妙な独り言であったことは事実である。

D 第4回以降、杉原らの釈明に関連して求釈明(平成18年11月24日付)、さらに行訴法23条の2に基づく釈明処分を求める申立(平成19年2月13日付)を連続して行ったが、杉原はそれらの釈明事項が自らの求釈明と繋がっていることを充分理解することができるはずなのに、官側を追及することはなかった。その結果、後述するとおり、官側はマンションの建築確認の必須の前提である一団地認定処分の存在すら答弁せず、所持している肝心な資料の提出を拒み続けたのである。

また4回目以降、杉原の訴訟指揮に微妙な変化がみえてきた。4回目は本年初頭の2月13日であり、官側が提出した前記書証等を踏まえて訴状記載の違法事由のみならず多くの違法事由が新たに見出され、本格的審理の始まりでもあった。しかし杉原らは、準備書面等陳述の事務的処理を5分程度で終えると弁論を終了しようとして退出しようとした。我々が「弁論が残っている」と言ったため席に座り直しはしたが、我々の弁論を充分聞こうとする姿勢に翳りが生じ始めていた。

E 三井不動産と官側は、裁判が進むにつれて開発の違法性をあぶり出され、原告らだけではなく環境に関心を有する人々に運動が広がっている事態に焦慮し、現地での工事のピッチをあげて、ダンプ等の大型車輌を通勤・通学時に狭い道路を走行させていた。三井グランド周辺は5メートル前後の狭い道路が多く、周辺住民は通行の危険にさらされていた。かかる大型車輌の走行は道路法またこれに基づく車両制限令において許されないにもかかわらず、杉並区長山田宏はこれらの車両に認定処分を行い、三井不動産を援護していた。原告住民らの生命、身体等の危険は切迫しており、せめてこれだけでも阻止したいと考え、この認定処分の取消を求める本訴と、これに伴う執行停止の申立を本年4月18日に提起し、関連事件として杉原らの民事第38部に係属した(東京地方裁判所平成19年(行ウ)第247号、同平成19年(行ク)第114号)。第5回の4月20日の直前であった。

事柄の性質上、この執行停止の申立は早期に結論が出るであろうし、申立が認容されるようであれば、基本事件に対しても杉原らが公正かつ真摯に取り組んでいることの証左にもなると我々は考えた。原告適格についてはこだわらず、実体審理をする姿勢については、杉原は基本事件について外見上明確であったし、この執行停止についても実体判断をする姿勢を示していたので、我々は実体上の要件、違法性、重大な損害、緊急の必要性等を3ヶ月にわたり主張、立証した。

しかしこれらの要件をみたすことを示す現場のビデオや被害者である原告の状況説明を聞くよう再三裁判所に足を運んで求めたが、杉原らは執行停止についてはいつも書面審理でやっているとしてこれを拒み、ビデオ等については詳しい証拠説明書を出してくれと言ったりもした。このように主張、立証を傾けたにもかかわらず、判断は先延ばしされ、審理の最終期日とされた7月4日を経過しても一向に決定は出されなかった。もとよりこの間工事は進行し、官と三井は9月から現地において本格的な販売活動に入ろうとしていた。

F 車両認定処分取消と執行停止の申立をした直後である4月20日に第5回の期日を迎えた。我々は、従前の弁論を更に深めるべく、本件区画整理事業の南北への切り分けは、土地区画整理法第6条4項が禁ずる「施行区域の内外」にわたるものであるばかりでなく、都市計画区域の分割施行であることから、都市計画法第12条2項に反して違法であること、避難有効面積の算定に明白なためにする虚構があること、環境影響評価等環境配慮の欠落等々の新しい重大な違法事由を指摘し(第5準備書面)、さらに行訴法23条の2の求釈明を官側が答えていない部分と、三井グランド開発の官民談合の基礎となり被告らが所持していることが従前の弁論から明らかとなっていた三井不動産の「基本構想」及び三井不動産が調査したとされる景観調査、動植物調査、交通量調査の提出を求め、かつ用途地域の変更のみならず区画整理から始まる一連の処分、とりわけ都市計画決定等の取扱い等に被告東京都が三井不動産とともに主導的役割を果たしている事実の存否をただすこと等、官民談合の具体的経過について釈明を行うよう求めたが、杉原らは釈明権を行使せず官側に反論を促すだけであった。しかも、6回目の期日を「大法廷の都合があるから」と言って2ヶ月半も先の7月4日と指定したうえ、既にこの間の我々の追及や立証により姿勢が崩れていた官側に対し、6月27日まで2ヶ月以上という異例の反論の期間を与えた。釈明事項が多いのであるから、期日の1週間前が期限になれば官側の反論に対する我々の準備時間がなくなることは明らかであった。我々が杉原らに対し抱いていた疑問が大きくなったことはいうまでもない。しかし審理は核心に入りつつあるので、準備を整え杉原ら裁判所を説得し、公正な裁判を実現することを期した。

G 第6回、7月4日の期日を間近に控えた6月下旬、官側の反論の締切日である6月27日の直前、裁判官島田尚人と思われる者から弁護団長斉藤の事務所に突然電話が入った。7月4日、この期日をもって弁論を終結したいというものであった。寝耳に水の話であり、我々は急遽協議し、杉原らの真意をただすべく面会を申し入れた。杉原らは執行停止のところで記した通り我々と法廷以外で一度も会ったことはない。さすがに今回は応じ、6月28日午後1時30分、民事38部において杉原らと我々の面接が小一時間行われた。我々弁護団の方で出席した者は、高橋崇雄、内藤隆、井口宇乃、森近薫、上條弘次、斉藤驍の計6名であった。主に斉藤と杉原が応答した。そのやりとりの概要は以下の通りである。

 

    (斉藤)弁論終結と連絡を頂いたが、その理由をお尋ねしたい。

    (杉原)判断に熟したと理解している。

    (斉藤)核心に近づいている段階でこれが明らかになったとは言えない時期

ではないのか。

    (杉原)原告適格や違法性等の論点について必要な材料は出てきている。

        計画がどんどん進んで、9月には本格的な販売が開始されると聞いているので、9月には判決を出したい。こういう事件で判決が遅れ、事情判決になるのはよくないと思っている。不意打ちにならないように弁論終結についてご連絡した。

        (前回おくびにも出さず、期日の僅か10日前の連絡は不意打ちそのものであるが、直接は追及しなかった。筆者注)

    (斉藤)事情判決にならないよう希望しているのは我々で、その方向で今まで準備している。しかし違法性についても損害についても本件開発の本体、核心を明らかにするには今しばらく時間を要する。特に核心に関連する事実関係および被害論については、なお主張、立証を要する。開発関係者や緑地・ヒートアイランドの専門家の証人尋問や意見書の提出は最低限必要で、今準備している。

    (杉原)裁判の土俵は限られている。周囲の事情は十分理解し考慮している。工事が終わっては意味がないので、1年を目途に結審することを考えていた。今ある資料で十分である。

    (斉藤)被告杉並区は、本件開発の本体を示す三井の基本構想を三井が反対

しているので出せない、裁判所の命令や嘱託があれば出せるといっているが。

    (杉原)あの言い方は酷いですね。

 

「裁判の土俵には限りがある」との気になる表現はあるが、この応答の表面を見る限り、杉原は住民の期待に応え、工事を早期に中止させる公正な判断をするかのように見える。しかし、9月に本格的販売がなされるという情報は我々の方から出していない。どこから得た情報なのか気がかりではあった。しかし、裁判の内容を客観的に見る限り、住民の優位は明らかであり、あといくらか期日をとれば被害に関する専門家の意見書の提出等、最低限のことはできると判断し、7月4日の後に少なくともあと1期日が8月以降に必要であると強く求めたが、杉原は、8月は夏季休暇であり7月27日午後2時なら大法廷が空いていると譲らず、とりあえずこの日に期日をいれ、弁論終結の時期は再考してほしいと促して面会を終えた。

しかし、6月25日に審理を終えた筈の前記執行停止の申立に対する決定は7月4日弁論終結予定というのに、いつなされるか判然としないという状況もあり、杉原らが弁論終結を急いでいるということを聞いた原告らは不安を拭いきれず、第6回7月4日の期日に臨んだ。我々は原点に立ち返り、本件一連の処分の本体は官と三井不動産による無法な「開発逃れ」の官民談合であることを指摘し、この具体的プロセスを事実と証拠で決定的に明らかにするために、被告杉並区が所持していると自認し、裁判所の嘱託命令があれば出すという「三井の基本構想」について文書送付嘱託、文書提出命令の申立をし、かつ既に杉並区都市計画審議会の資料として提出されていた三井不動産の交通量調査は手に入れていた(僅か3枚のもので調査の日時、方法も特定されていない形ばかりのものであった)ので、これについて追及し、さらに三井不動産と官の環境配慮の欠落を明確に示している筈のもう一つの調査として「情報公開には応じる」としていた三井不動産による景観・動植物に関する調査を直接提出するよう求めた。三井の基本構想について杉原は前記の面接において「酷いですね」と言っていたのだから、この期日において即時これを被告杉並区に対して提出を促すことができたにもかかわらずこれをせず、「書式を整えて」申立をすればこれを行うかのように述べる等して、次回を7月27日午後2時とし、この日に弁論終結すると言明した。我々はこれに対しては留保すると述べたが、杉原はこれに耳を傾けた様子はなかった。態度に落ち着きがなく、前記面接の際の話とはニュアンスの違いが生じていた。原告らは、この審理を目前にしてさらに危機感を深め、裁判所に審理を尽くすことを求める署名運動に入った。僅か1週間余りで署名は7千名を超えたのである。

H 7月27日午後2時の開廷直前午後1時30分、原告代表3名と我々弁護団はこの署名簿を持参して杉原らと面接し、この裁判に対してこれ程の人々が心配していることを具体的に示し、裁判所が原告ら住民のことを配慮する気持があるのならば、審理はまさに本件開発の官民談合の本体核心に入りつつあるのだから、一人でもよいから役人を調べる等して審理を尽くしたいと要望した。また、現地の大型車輌通行による危険は切迫しており、道路陥没事故も現に発生していて放置できない状況にあり、少なくとも執行停止の決定は判決と切り離し速やかに出して貰いたいと特に強く要望した。

杉原は終結の方針は変えないとしたが、執行停止については要望に応じ、できるだけ早く出すと答え、我々は話した甲斐がいくらかあったと考えた。

7月27日午後2時、我々は三井グランドという緑地を失うことの被害を石川幹子慶応大学教授の意見書、また、ヒートアイランドにおける緑地喪失という局地汚染の被害とアセスメントの必要性を述べた福川裕一千葉大学工学部教授(都市計画)ら公衆衛生学等関連諸科学を代表する6人の専門家の共同意見書をそれぞれ提出し、住民の被害の深刻さを説明しつつ三井グランド開発における官民談合の本体の違法性を、法律的には大法廷判決が克服した平成11年判決の考え方の誤りについてまで遡って論じた。

杉原は、我々が彼の示唆に従って出した三井の「基本構想」等の文書送付嘱託、提出命令を「必要性なし」として、いずれも却下した。

また三井の景観・動植物調査について、被告杉並区は情報公開に応じるとしていたが、この日まで公開せず握りつぶしていた。

我々が弁論の中で平成11年判決の評価に及んだとき、杉原はかすかな笑いを浮かべた。薄笑いともとれるものである。このような状況だけを見れば、杉原らは官と三井の側に立っているのではないかという疑問を持つ人がいても不思議ではない。しかし訴訟記録とその経過を丹念に辿り、公正かつ客観的に判断し、被告らの違法が明らかであると判断されれば、訴訟代理人弁護士は確証のない限り裁判所を見限らず、説得に全力をあげるべきであると我々は考えて、杉原らの弁論終結に対し異議を述べるにとどめ、9月28日午後1時10分と指定された判決に至る経過を見守ることとしたのである。

 

4.虚構の全面的崩壊

(1)弁論終結後の8月30日、我々は杉原らに対し、前記執行停止の件で以下の上申を行った。

  「1.事件が・・・住民の生活の安全と良好な環境の維持に重大かつ不可欠な関わりをもつものであり、緊急の判断が必要であることはかねて主張し、十分疎明してきたところである。」

  「2.本年7月27日午後1時30分頃、原告代表者3名及び当職らとの面接の際貴裁判所もこの事案の特質を理解され、本案訴訟の進行とは別に可及的速やかに判断を示すことを言明された。」

  「3.以来1ヶ月余経過している現在、なおこの判断は示されていない。今夏の酷暑が加わり現地の状況は耐えがたいものになっている。」

「よって・・・遅滞なく執行停止の判断をされるよう本上申に及んだ。」

(2)すると9月5日、杉原らは執行停止の申立に対する決定を出した。しかしこれは驚くべきものであった。

   道路はいうまでもなく都市の動脈となる都市施設であり、道路法は都市計画法に直結する法律である。都市計画法が保護する利益は公益だけではなく、住民の健康、生活環境にわたる私的利益(個別的利益)であり、公益と私益とは相繋がるものであるとして、都市計画法を「公益」維持に限定して周辺住民の原告適格を否定した平成11年判決を変更したことに大法廷判決の大きな意義のひとつがあることは、これに深く関与した杉原はよくよく承知しているはずである。

ところがこの決定は「道路法は都市計画法とは違う」として、周辺住民の原告適格を否定し、その理由によって申立を却下するものであった。以下、決定の骨子を引用する。

 

「道路法及び車両制限令が道路の構造の保全、交通の危険の防止のため、車両の幅、重量、高さ、長さ・・・種々の制限をしているところ、道路は・・・公共施設であり、何人も他人の共同の使用を妨げない限度で・・・自由にこれを使用することができるものであって・・・公衆が道路の自由な使用によって享受する利益は・・・反射的利益にすぎないこと・・・都市計画法の都市施設に係る規定を考慮したとしても、ある道路の沿道あるいは近隣に居住する者が有する当該道路を安全かつ円滑に使用する利益が、個々人の個別的利益として道路法47条4項、車両制限令12条等により保護されていると解することはできない。」

 

 すなわち、周辺住民には処分を争う法律上の利益はなく、「反射的利益」があるにすぎないというのである。周辺住民等市民の権利を「公益」と対置して「反射的利益」として行政訴訟から排除する発想は、長年にわたって民主主義と無縁の権力的思考として、また言い換えれば官僚的思考として批判され続けてきたものである。最高裁判所においてもここ10年以上「反射的利益」という言葉は少なくとも表面からは姿を消していたものである。このような思考から脱却するために、大法廷判決は権力的思考が歴然としていた平成11年判決を変更しなければならなかったのである。

しかし杉原らはこれを理解しようとせず、権力的思考をむき出しにしたのである。杉原は前述した通り大法廷判決の際上席調査官だったことを考えれば、このような思考で裁判をすることは到底許されないことである。単なる考え方の違いで済む問題ではない。裁判の公正どころか、それ以前の問題である。このような裁判官が大法廷判決の「本音」はここにあったのだとうそぶくことを許してはならないのである。

   大法廷判決における町田最高裁長官の補足意見は、このような裁判官が存在すること、行政と癒着したヒラメのような裁判官の存在を懸念して書かれたものだと今にして思い当たる。

(3)我々が弁論終結の期日に平成11年判決の誤りを指摘した時の杉原の笑いは、まさに居直りの薄笑いであったのである。杉原らは、判決までこの決定を留保したかったであろう。これにより彼らの本体と本質が紛れもなく表れるからである。

道路法との関係で周辺住民に原告適格がないと考えていたのであれば、この決定は一週間も経たずに出せるはずであるし、そうすべきであった。そうすれば、基本事件において杉原が演じていたパフォーマンスは一気に崩れ去ったであろう。従って申立以来4ヶ月以上これを握り込み、原告らと世論の圧力、そして何よりも杉原本人の綺麗事によって、判決の前のこの9月5日に決定を出さざるを得なかった。自業自得と言うべきであろう。このようなやり方をまさに不意打ちならぬ騙し討ちというべきところ、あと一歩のところで適わなかったということになろうか。

いずれにしても、裁判の公正さを著しく傷つけたばかりでなく、それにとどまらない責任が少なくとも杉原にはあるのである。

 

5.よって、申立人らは、申立の趣旨記載の通り裁判長裁判官杉原則彦、裁判官松下貴彦、裁判官島田尚人らをいずれも忌避するものである。

 

第3 疎明資料

一件記録のほか、

疎甲第1号証の1 東京地方裁判所平成19年(行ク)第114号執行停止申立書

同     の2 同事件上申書

同     の3 同事件決定

疎甲第2号証   原告ら陳述書

疎甲第3号証   署名簿の表紙

 


       申 立 人 目 録

 

代 理 人 目 録

 

 


ステートメント

 

東京地方裁判所民事第38部(行政専門部、裁判長裁判官杉原則彦)に対し、忌避申立をするにあたって

 

2007年9月19日

 

浜田山・三井グランド環境訴訟原告団

原告団代表  由井玲子

                             福田睦子

                             野口ひろ子

                      

弁護団長   斉藤 驍

東京都千代田区平河町1-8-2 山京半蔵門パレス302

斉藤驍法律事務所

Tel.03(3237)0888 Fax.03(3237)0890

E-mail:gyo-lawoffice@biscuit.ocn.ne.jp

 

<行政から独立した公正な裁判を求めて>

 

年金処理問題に示されている通り、行政の不祥事は何人も否定できない状況となっています。これはどうして生じたのでしょうか。

その大きな原因のひとつが、行政の違法をただすべき裁判所が行政を野放しにするような行政サイド中心の裁判を続けてきたからではないでしょうか。一昨年、行政事件訴訟法が改正され、また小田急事件大法廷判決によって、公共事業や都市開発に周辺住民の原告適格が認められ、行政の違法をただす裁判が多くの市民に門戸開放されたのは記憶に新しいところです。これで行政訴訟はよくなると期待した多くの人々がいました。

私達原告団、弁護団もそのひとつでした。私達は、大法廷判決後初めて原告適格が認められるべき住民として、杉並区浜田山の三井グランドの緑と環境を守り、マンション開発の見直しを求めて、杉並区、東京都を被告として土地区画整理事業認可処分の取消等の行政訴訟を提起しました。「門戸の開放」は、当然行政から独立した公正な裁判の実現にむかうものだと期待したからであることはいうまでもありません。

しかし、この期待は今大きく裏切られました。昨年(2006年)5月17日に提訴し、7月26日から裁判は始まりました。裁判所は前半こそ大法廷の使用を許し、私達の主張を聞いている様子を示していましたが、三井グランドのマンション開発が三井不動産と行政との官民談合により意図的に進められていることが明らかになり始めると、審理を急ぎ始め、しかもその理由は、開発工事が進むと住民に不利になるからと、あたかも原告団のためであるかのように述べて、7月27日、肝心の証拠等に封印し、私達の異議を封じて審理を終結し、9月28日に判決期日を一方的に指定しました。

ところが、去る9月5日、私達がこの4月17日申し立てていた開発工事に使われていたダンプ等の特殊車両認定処分に対する執行停止の決定がなされました。この決定は、道路法は公益を守るためのもので、周辺住民である私達には原告適格がないとして頭から排除し、三井不動産と行政の開発を援護する驚くべきものでした。しかしこの決定によって、三井グランドの裁判全体で私達が裁判所にだまされていることをはっきり知ることができました。公正とは無縁のだまし討ちとはこのことです。

門戸開放がされたというのに、このようなことが許されるはずはありません。行政訴訟によって救われると思っている多くの人々に累が及ぶことは間違いありません。私達はこのような行政訴訟の現状が私達だけのものではないことも承知しています。ですから、公共事業や環境等、色々な領域で裁判に直面している人々のためにも、本来の行政訴訟の道を開くために、本日午後、民事38部の裁判官全員に対し忌避の申立をいたしました。

既に行政訴訟に関与されている方々の御協力を頂いていますが、さらにこの輪を広げたく、皆様の御理解、御協力よろしくお願いします。

 

 

 

inserted by FC2 system