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信平狂言訴訟一審判決

平成一二年五月三〇日判決言渡・同日原本領収   裁判所書記官   秋山喜代吉
平成八年(ワ)第一〇四八五号  損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日  平成一二年二月二二日

                  
   北海道函館市新川町二三番二一号
      原告           信平醇浩
      右訴訟代理人弁護士    瀬川健二
      同            木皿裕之
   東京都新宿区信濃町二三番地
      被告           池田大作
      右訴訟代理人弁護士    倉田卓次
      同            宮原守男
      同            倉科直文
      同            佐藤博史
      同            福島啓充
      同            桐ヶ谷章
      同            八尋頼雄
      同            成田吉道
      同            松村光晃

            主      文


一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、二九〇二万円及びこれに対する平成八年七月三日から支払い済み
まで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
事案の要旨
1 本件は、原告及びその妻である分離前の相原告信平信子(以下「信子」という。)が、
被告に対して提起した損害賠償請求事件から、信子の被告に対する損害賠償請求事件及び
原告の被告に対する昭和四八年六月ころ被告によって信子が強姦されたと主張して損害賠償
を求めた事件の弁論が分離されたその余の事件である。

2 弁論分離の結果、本件は、「信子が被告によって昭和五八年八月ころ及び平成三年八月
ころの二回強姦された」ことを、原告が平成八年二月に信子から聞かされ、平穏に夫婦生活
を営む権利が侵害されたと主張し、被告に対して、不法行為に基づき慰謝料二五〇〇万円及
び弁護士費用四〇二万円の合計二九〇二万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である
平成八年七月三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを
請求した事案となった。これに対し、被告は、本件訴えは訴権を乱用するもので不適法であ
る旨の本案前の抗弁を主張し、本件訴えの却下を求めた。

二 前提となる事実
1 当事者
(一)原告(大正一一年四月一日生)及び信子(昭和二年五月二九日生)は、昭和二三年
六月八日に婚姻届をした夫婦であり、二人の子供をもうけている。原告及び信子は、
昭和三一年二月、訴外宗教法人創価学会(以下「創価学会」という。)に入会した。
信子は、その後、教学部教授の資格を得て、本部副婦人部長、道副婦人部長、婦人部中央
幹部、県理事、道副総合婦人部長(第三北海道)等の役職に就いており、
平成四年五月一五日付で右役職を解任されるまで、創価学会の幹部であった。
原告は、創価学会入会後、支部長を経て第三北海道函館圏副本部長になり、
平成四年五月一五日付で右役職を解任されるまで、創価学会の幹部であった。

(二)被告(昭和三年一月二日生)は、創価学会の名誉会長である。

 
2 本件訴訟手続の経過
(一)訴え提起及び第一回口頭弁論期日
1)訴え提起
原告及び信子は、平成八年六月五日、被告に対し、後記(
2)を請求原因とする本件訴
えを提起した。

2)訴状の内容
訴状における原告及び信子の主張は、アないしオのとおりである。

ア 被告は、信子に対し、強姦行為を三回行った。
(ア)第一の加害行為(以下「昭和四八年事件」という。)
被告は、昭和四八年六月二五日、函館文化会館開館式等のため、函館に来たが、その際
北海道亀田郡七飯町大沼一三七番地一に所在する函館研修道場敷地内の大沼研修所三階専用
寝室で宿泊した。六月二七日ころの夜、信子が被告のために寝具の支度をしようと同室に
行ったところ、被告は同室の隣の部屋で机に向かっていた。
被告は、信子が布団を敷く間、右隣室と寝室との境の襖を閉めようとすると、
「そのままでいいよ。」と言った。そこで、信子がそのまま布団を敷き始めたところ、
被告は、被告の方に背を向けていた信子に、いきなり後ろから飛びかかった。
被告は、突き飛ばされるような形で布団の上にうつ伏せに倒れかかった信子の口等を左手で
押さえつけ、洋服を右手ではぎ取り、下着等を破り取って、体を強く押さえつけ強姦した。
信子は、被告に全体重をかけて押さえつけられ、息もつけず、声も出せず、またショックの
余り気を失うほどであった。
被告は、信子が気が付いて這うようにして周辺に散らばっていた洋服、下着等をかき集めて
逃げようとしたところ、「しばらくそこにいろ。」と押し殺した声で信子を脅し、その足首
を押さえる等した。信子は必死で逃げたが、被告は、「誰にも言うな。」と逃げる信子の
背中に脅し文句を投げつける等した。
信子は、右加害行為により膝と頭部に打撲傷を負った。

(イ)第二の加害行為(以下「昭和五八年事件」という。)
被告は、昭和五八年八月一九日ころの午前七時三〇分ころ、函館研修道場敷地内の喫茶室
「ロアール」(以下単に「ロアール」ともいう。)において、業務準備のためテーブル等を
拭いていた信子に背後から襲いかかった。
被告は、驚いて瞬間的に自分の体を支えようとしていた信子をテーブルに押さえつけ、
体重をかけながら自分の脚をかけて信子の脚を払った。そのため信子は倒れ、テーブルの
角に体を打ちつけた。被告は、信子の襟首を捕まえ、後ろに洋服を強く引っ張る等
したため、信子の洋服は裂けた。
被告は、執拗に信子を床の上に押さえつける等の暴行をし、その挙げ句に信子を強姦した。
信子は、右加害行為により、打撲挫傷等の傷害を負い、約三箇月以上、打撲した痛みが
消えなかった。

(ウ)第三の加害行為(以下「平成三年事件」という。)
被告は、平成三年八月一七ころの午前七時三〇分ころ、信子が函館研修道場敷地内を一人で
歩いていたところ、信子に側面から突然襲いかかり、地面に突き飛ばした。
信子は横倒しになり、頭を強打した。そして、被告は、信子の首を絞めたが、信子は、
その強さと痛さで窒息状態となり、殺されるのではないかと激しい恐怖を感じた。被告は、
信子の右手を取り、これを背中に回させて同人の上にのしかかり、
自らの体重を利用して信子の抵抗を封じる等して洋服、下着を破り取って強姦した。
被告は、強姦後も信子の上からのしかかっていたので、同人は、息もできずに必死で
もがきながら被告の腕をかじる等して抵抗し、被告の締め付ける手が少しゆるんだすきに、
その場に散らばった洋服等を拾って逃げた。
信子は、右加害行為により、額が大きく腫れ上がる等の傷害を負った。

イ 信子は、三つの事件により多大な精神的苦痛及び肉体的苦痛を被ったが、その慰謝料は
少なくとも四〇〇〇万円が相当である。

ウ 原告は、平成八年二月に信子から三つの事件を聞いて、平穏に夫婦生活を営む権利を
侵害されたが、その慰謝料は二五〇〇万円が相当である。

エ 信子及び原告は、本件訴えの提起、追行について弁護士を委任したが、
その報酬相当額は、それぞれ五六七万円、四〇二万円である。

オ よって、信子及び原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、
信子につき四五六七万円、原告につき二九〇二万円及びそれぞれに対する訴状送達の日の
翌日である平成八年七月三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による金員の
支払いを求める、

3)被告の答弁
被告は、平成八年九月二四日の第一回口頭弁論期日において、請求棄却の答弁をした。
そして、被告は、本件各請求原因事実を背景事情を述べた上で否認し、かつ、抗弁とし、
三つの事件に基づく信子のすべての請求及び昭和四八年事件に基づく原告の請求に関して
消滅時効を援用する旨の意思表示をするとともに、各事件の日時、場所、
信子の受傷の部位、内容について特定を求める求釈明の申立てをした。

(二)一部判決までの訴訟経過(第二回ないし第六回口頭弁論期日)
1)請求原因事実の特定
原告らは、平成八年一二月一七日の第二回口頭弁論期日において、被告の前記求釈明の
申立てに対し、昭和五八年事件の日時は、同年八月一八日から同月二〇日の間であり、
場所は、函館研修道場の敷地の東部に建築された仮設の建物であること、平成三年事件の
日時は、同年八月一六日から同月一八日の間の午前五時三〇分ころから七時三〇分ころまで
の間であり、場所は、函館研修道場の敷地の東部である旨を
釈明した。これに対し、被告は、一貫して、信子が被害にあったという「ロアール」は
昭和五七年六月に建築され、同月下旬には撤去されていたから、昭和五八年当時
「ロアール」と呼ばれる建物は存在しないこと(この点は、第一回口頭弁論期日で主張して
いる。)、平成三年八月一六日ないし一八日は、原告らが主張する早朝の時間帯に信子は
函館研修道場に来ていなかったことを主張して争った。

2)消滅時効の抗弁に対する原告の反論
被告の消滅時効の援用に対し、原告らは、創価学会の宗教的呪縛を受けていて、被告に
対する損害賠償請求は不可能であったから、平成八年二月まで時効期間は進行しない旨、
被告が消滅時効を援用することは権利乱用に当たる旨主張した。
平成九年二月二五日の第三回口頭弁論期日まで、原被告間では、右の点についての攻防が
展開された。

3)請求原因の追加的変更
原告らは、平成九年五月一三日の第四回口頭弁論期日において、訴状記載の請求原因と
選択的に新たな請求原因(被告が信子の性的人格権を侵害したとする不法行為)を追加する
旨の訴えの変更の申立てをした。被告は、原告らの訴えの追加的変更に対し、請求の基礎の
同一性を欠くものであって許されない旨反論した。
あわせて、被告は、信子の三つの事件に基づくすべての請求及び原告の昭和四八年事件に
基づく請求について、除斥期間の経過及び消滅時効の成否に関し中間判決を求める
申立てをした。原被告間では、平成九年九月二日の第五回口頭弁論期日まで、訴えの追加的
変更及び中間判決の可否について攻防が展開された。

4)原告らによる被告本人尋問の申出
このような経過の中で、原告らは、平成九年一一月一一日の第六回口頭弁論期日において、
立証趣旨を請求原因に対する認否と被告の主張を明らかにするためとして、被告本人尋問を
申出した。

5)弁論の分離、終結
当裁判所は、第六回口頭弁論期日において、信子の損害賠償請求事件及び原告の昭和四八年
事件に基づく損害賠償請求事件の各弁論をいずれも本件から分離して終結し、
平成九年一二月九日、右事件の判決言渡期日を同月一六日午後一時一〇分と指定した。

6)原告らによる弁論再開の申立て、裁判官忌避の申立て
原告らは、平成九年一一月一八日、一二月三日、被告の中間判決の申立てに対する
反論等をする必要があること、訴訟指揮が不意打ちであること等を理由として弁論再開の
申立てをした。当裁判所が弁論を再開しなかったところ、原告らは、
平成九年一二月一二日、「裁判長裁判官滿田明彦、裁判官宮武康、同堀田次郎について、
第六回口頭弁論期日において、原告らの意見を求めずに弁論の一部を分離して終結したこと
は、公平を求められる裁判官の態度とはいえず、偏向した裁判をするおそれが極めて強く、
右訴訟指揮は、右裁判官らが被告及び被告が名誉会長を務める創価学会からの組織的、
継続的な不当な圧力を受けてされたものである」として裁判官忌避の申立てをした。
(平成九年(モ)第一四二五七号事件)。東京地方裁判所は、平成一〇年二月二日、
右申立てを理由のないものとして却下した。原告らは、同月六日、右却下決定に対する
抗告を申し立てたが、東京高等裁判所は、同年四月六日、右抗告の申立てを棄却した
(平成一〇年(ラ)第三〇二号事件)。
右決定は不服申立期間を経過して確定した。原告らは、平成一〇年四月一七日、三度目の
弁論再開の申立てをした。

(三)一部判決の言渡(分離関係)
1)一部判決
前記分離された事件の判決言渡期日は、原告らによる前記忌避の申立てを受けて、
平成九年一二月一五日、取り消されたが、右申立てに対する却下決定が前記の通り確定した
ことから、当裁判所は、平成一〇年五月一四日、前記分離した事件の判決言渡期日を、
再度、同月二六日午前一〇時と指定した。そして、当裁判所は、同日、一部判決を言渡し、
「原告らによる訴えの追加的変更は、請求の基礎の同一性を欠くもので許されない、信子の
三つの事件に基づく請求は消滅時効が成立しており、被告による消滅時効の援用は権利の
濫用に当たらない、原告の昭和四八年事件に基づく請求は、除斥期間が既に経過している」
等の理由により、原告らの各請求をいずれも棄却した。

2)原告らによる控訴
原告らは、平成一〇年五月二六日、右判決に対して控訴した。
東京高等裁判所は、平成一一年七月二二日、控訴棄却する旨の判決を言い渡し
(平成一〇年(ネ)第二七一六号事件)、右判決は上告申立期間を経過して確定した。

(四)一部判決の訴訟経過(第七回ないし第一三回口頭弁論期日)
1)訴権濫用の抗弁
被告は、平成一〇年九月二九日の第七回口頭弁論期日において、「原告の訴えは訴権を濫用
するものであって不適法として却下されるべきである」旨の抗弁を申し立てた。
これに対し、原告は、その後、右抗弁の却下を求め、
「本件訴えは三つの事件によって被った被害の救済を目的とするものであり、訴権を濫用
するものではない」旨の反論をした。

2)乙二八ないし三三の証拠調べ
被告は、平成一〇年一二月八日の第八回口頭弁論期日において、訴権濫用の主張を基礎
づける証拠として、乙二八ないし三三(録音テープ)の取調べを求めた。
被告は、乙二八は、平成四年五月一四日、函館平和会館において、創価学会副会長訴外高間
孝三(以下「高間副会長」という。)、同訴外大黒覚(以下「大黒副会長」という。)
らが、原告及び信子に対し役職辞職を勧告した際の同人らとのやりとりを録音したもの、
乙二九は、右同日、信子及び原告が創価学会の秋谷栄之助会長
(以下「秋谷会長」という。)宛にかけた電話に、創価学会の職員が対応したときのやりと
りを録音したもの、乙三〇ないし三三は、平成七年九月一四日から同年一二月二二日までの
間七回にわたり原告が創価学会本部にかけた電話に、創価学会の職員が対応したときのやり
とりを録音したものであると主張した。原告は、右の各録音テープは、通話者である信子及
び原告の同意を得ずに録音されたもので違法収集証拠であり、乙二九については、信子の声
に似た人物を用いて録音テープを偽造したものであるから、いずれも証拠能力を欠くため
取調べをすべきでないと主張し、平成一一年三月三〇日の第九回口頭弁論期日において、
乙二九に録音された声は信子のものではないとする内容の甲四三の一,二(声紋についての
鑑定書)を提出した。
これに対し、被告は、同年六月二二日の第一〇回口頭弁論期日において、意見書(乙五二)
等を提出して、右録音テープは信子の声を録音したものであると反論した。
当裁判所は、第九回口頭弁論期日において、原告が偽造を主張した乙二九以外の乙二八,
三〇ないし三三を取り調べ、第一〇回口頭弁論期日において、乙二九を取り調べた。

3)昭和五八年事件の場所の特定、昭和五七年の強姦と誤解していた旨の新たな主張

ア 原告は、第九回口頭弁論期日において、昭和五八年事件の場所である「ロアール」の
位置を、函館研修道場の敷地内で現在の銀月門から北方にあり、「サンシャイン」と称する
建物付近であると特定した。これに対し、被告は、昭和五八年当時、「サンシャイン」
と称する建物付近にはいかなる建物も存在しないとして争った。

イ ところが、原告は、平成一二年二月二二日の第一三回口頭弁論期日において、従前昭和
五八年事件の場所であると主張していた「ロアール」は、昭和五七年六月に強姦された場所
であり、昭和五八年事件が発生した場所は屋外であったと主張し、従前の主張を変更した。
原告は、右のように主張を変えた理由として、「信子は、昭和五七年にも被告から強姦
されたが、被害事実を忘れるために努めて思い出さないようにしていた結果、昭和五七年と
昭和五八年の二回いの事件を一回の事件と思いこみ、函館研修道場内の位置については、
昭和五八年事件の記憶に基づいて、建物の形状及び強姦行為の態様については昭和五七年
事件の記憶に基づいて、時期については昭和五八年事件の記憶に基づいて事件を思い出して
いたことが、平成一一年一〇月に本件訴訟の追行を受任した原告訴訟代理人(以下
「現在の訴訟代理人」ともいう。)から改めて質問を受けた結果判明したためである」と
主張した。

4)平成三年事件の場所、日時の主張
原告は、平成一一年七月二六日付の裁判所の釈明に対し、「平成三年事件の日時は平成三年
八月一七日、場所は銀月門を入って数メートルの場所である」旨特定する同年九月二四日付
の準備書面を提出した。しかし、現在の原告訴訟代理人は、右準備書面を撤回し、
陳述しなかった。
原告は、第一二回口頭弁論期日において、平成三年事件の日時は、信子が金褒章をもらった
日の翌々日である八月一七日午前七時ころであり、それは、乙五七の写真撮影の日の
翌々日、乙五八の写真撮影の日の翌日であると主張した。

三 争点ー本件訴えが訴権の濫用に当たるか。
1 被告の主張
(一)訴権濫用の要件
訴え提起が真摯に実体的権利の実現を目的とするものではなく、裁判制度の趣旨、目的に照
らして著しく相当性を欠き、信義に反する場合には、訴権を濫用するものとして、
その訴えは、不適法として却下すべきである。その判定に当たっては、提訴に至る経過や
提訴の意図、目的がどのようなものであるか、提訴者の主張する権利又は法律関係の存否、
その性質、提訴者の訴訟追行態度、訴訟の提起・追行により被告及びその関係者が訴訟上
又は訴訟外においていかなる不利益を被るかなどの一切の主観的及び客観的要素を判断材料
として、総合的に判断されるべきである。また、訴権濫用に当たるか否かの判断は、
請求原因に対する実体判断をなすべきか否かの前提となる訴訟要件の存否に関する判断で
あることから、提訴者の主張する権利の存否を評価根拠事実の一つとして判断材料とする
場合でも、その不存在までを認定する必要はなく、その不存在の高度の蓋然性で足りるもの
というべきである。そして、当該訴訟手続の中で、その訴えが訴権を濫用するものである
ことが明らかとなった場合には、そのまま審理を継続することは訴訟経済に反するばかり
か、濫用された訴権の行使を放置することにより、様々な弊害を拡大させる結果となること
は明らかであり、不当な訴権行使によって応訴負担を余儀なくされた訴訟の相手方を早期に
解放する必要があることから、裁判所としてはその時点において審理を打ち切り、訴えを
却下する旨の判決を言い渡すべきである。

(二)訴権濫用の評価根拠事実

1)本件訴訟の特異性(被侵害利益の不存在)
ア 直接の被害者と主張するものが法的救済を受けられないことが既に確定していること
本件訴訟は、直接の被害者と主張する信子の損害賠償請求権が消滅時効にかかっていること
が当初から明らかであるところ、信子の請求については、弁論が分離、終結され、
消滅時効の成立及び除斥期間の経過により損害賠償請求権が消滅していることを理由に
請求棄却の判決が言い渡された。信子らは、控訴したが、東京高等裁判所は、右控訴を棄却
する旨の判決を言い渡し、右判決は確定した。このように、直接の被害者と主張する信子が
法的救済を受けられないことが既に確定しているのにもかかわらず、その夫である原告が
訴訟提起の数箇月前に初めて信子から聞いて事件を知ったとして権利行使してるところに、
本件訴訟の特異性がある。

イ 時効制度の潜脱を目的とする名目的原告にすぎないこと
原告らの主張する事件は、いずれも消滅時効が成立している。そのため、原告らは、まず、
手記という形式でマスコミに掲載し、センセーショナルな効果を狙い、被告から名誉毀損に
よる損害賠償請求訴訟を提起させようとした。しかし、被告が、原告らの挑発を相手に
しなかったことから、原告らは、結局本件訴訟を提起せざるを得なくなった。その際、
信子だけでは、証拠調べをするまでもなく、直ちに請求棄却となることが容易に予想された
ため、夫である原告も当事者となることで時効制度を潜脱し、本件訴訟の場において
創価学会と被告に対する悪宣伝を行うことを目的としたものであり、原告は、いわば
名目的な原告にすぎない。

ウ 原告の主張する事実の非現実生、不自然生
原告は、夫に事件を打ち明けるかどうか悩み抜いた信子から、平成八年二月にようやく告白
を受けたことにより強い衝撃を受け、信子を責め立て、離婚も口にしたりしたが、その後の
夫婦間の話し合いの中で、信子は事件を公表する決意をし、『週刊新潮』と接触を図り、
手記を作成し、同月一五日発売の同誌に公表したと主張する。
しかし、夫婦にとって離婚まで問題となるほどの重大ないくつもの事柄が二月初旬のわずか
数日間にすべて起こったということは、非現実的かつ不自然であり、虚構というほかない。

エ 原告の被侵害利益の不存在
強姦の被害者の夫がいわゆる夫権ないし守操請求権を侵害されるという考え方は、妻は夫の
所有物であるという考え方を色濃く残すもので、そもそも不相当である。
妻の強姦被害については、夫は、本来いわゆる間接被害者をもって論じられるものであり、
生命侵害に比肩する場合にのみ、損害賠償が認められるべきであるが、本件はそのような
場合に該当しない。

オ 小括
原告が被害を被ったという主張は、右のとおり、非現実的かつ不自然であって、格別の
被侵害利益も存在しない。直接の被害者と主張する信子自身の請求権は時効消滅している
ことが一見して明らかであるところ、原告は、専ら右消滅時効を潜脱するために、
名目的原告として権利が存在するかのように装っているにすぎない。

2)本件訴訟提起の意図
ア 訴訟提起にいたる経緯
原告らは、平成四年五月一五日、創価学会において厳禁されている会員間の金銭貸借等を
理由として、幹部役職を解任されたことを逆恨みし、同年暮れころから、創価学会と激しい
対立関係にあった日蓮正宗の側にたち、創価学会の会員を脱会させる活動を積極的に行う
など、創価学会に対する批判、攻撃をエスカレートさせていき、平成五年一二月に創価学会
を脱会した。原告は、創価学会の会員から提起された貸金返還請求訴訟にことごとく敗訴
する中、平成六年一〇月ころから創価学会に対し厚田墓苑代金返還名目で金員を要求する
ようになり、平成七年一月に、被告を相手方として墓地代金返還請求訴訟を提起したが、
同年四月に敗訴した。原告は、平成七年五月ころから創価学会本部に電話をかけ、創価学会
を批判する勢力との連携をほのめかしながら、同年一二月まで執拗に恐喝行為を続けたが、
同月二二日の電話を最後にこれをやめた。
そして、右電話の直後である平成七年一二月三〇日付の『赤旗』に信子の創価学会を誹謗
する記事が掲載され、平成八年二月、『週刊新潮』に信子の手記が掲載され、原告らは同年
六月、本件訴えを提起した。
原告らは、このように、平成四年五月の役職解任以降、次第に創価学会に対する批判、攻撃
をエスカレートさせ、墓地代金返還請求訴訟に敗訴した後、自ら創価学会本部に対する
直接的な恐喝行為にまで及んだものの、全く相手にされなかったために、その延長として、
センセーショナルな強姦事件をねつ造して本件訴えの提起に至ったものである。

イ 創価学会を批判する勢力との連携
平成六年九月、日蓮正宗の機関誌である『慧妙』に昭和五八年事件の原型と思われる内容の
記事が掲載された。その後、平成八年二月一五日発売の『週刊新潮』の手記掲載に
関しても、右発売日の翌日に発行された『慧妙』には右『週刊新潮』掲載予定の手記の予告
記事が掲載されていた。これから、日蓮正宗は右手記が発売されることを知っていたことが
わかる。その後も日蓮正宗は、『慧妙』等で手記や本件訴訟を取り上げ、創価学会及び
被告に対する悪宣伝を繰り返している。原告らは、「創価学会による被害者の会」とも
連携し、平成八年二月一五日発売の『週刊新潮』に信子の手記が掲載された直後、同会の
機関紙である『自由の砦』にほぼ同内容の手記が信子の署名入りで掲載され、
同年三月一七日、福岡市で開催された同会の全国大会に原告らが参加し、信子は、創価学会
攻撃のために本件訴訟で闘って行く決意を披瀝した。その後も、『自由の砦』は本件訴訟を
逐次取り上げ、創価学会及び被告に対する悪宣伝を行い、原告らもこれに積極的に連携、
加担した。さらに、平成八年二月、『週刊新潮』に信子の右手記が掲載された際、自民党の
国会議員がこれを国会で取り上げており、原告らもこれに積極的に連携、加担した。

3)昭和五八年事件及び平成三年事件の不存在の蓋然性が高いこと

ア 平成八年二月に原告が信子から告白されたという主張の虚構性
原告は、平成八年二月になって初めて信子から事件を告白されたと主張するが、前記(
1
ウで述べたとおり、平成八年二月に初めて聞かされた話の内容が、同月一五日発売の
『週刊新潮』に手記として掲載されていることに照らすと、非現実的で不自然である。
その実体は、原告らが関係者とともに、平成八年二月に作り話を完成させたものである。

イ 平成四年五月に信子が被告宛に抗議の手紙を出したことが解任の理由となったという
主張の虚構性
原告は、原告らが創価学会の役職を解任された真の理由は、信子が、平成四年五月、被告に
対し、三つの事件について抗議する内容等の手紙(以下「抗議の手紙」という。)を出した
ことにあると主張する。しかし、原告らの役職解任の理由は、原告らが創価学会で厳禁
されている会員間の金銭貸借を行ってきたことである。信子が抗議の手紙の裏付けとして
提出した書証(甲四七,四八)は、信子が、被告に対し、別の内容の手紙を送付したときの
ものであり(乙八九の一,二)、全く無関係である。

ウ 昭和五八年事件の虚構性
(ア)信子は、前記『週刊新潮』等に掲載の手記において、昭和五八年事件について、
その日時及び場所を「昭和五八年八月一九日」「ロアールは池田の泊まっている本館から歩
いて五分ぐらいのところにあるプレハブ建ての喫茶です」と特定していたにもかかわらず、
『聖教新聞』等に反論されると、訴状においては、「昭和五八年八月一九日ころ」
「函館研修道場敷地内の喫茶室ロアール」とことさらあいまいにした。
さらに、被告が釈明を求めると、「昭和五八年八月一八日から二〇日の間」「函館研修道場
の敷地の東部に建築された仮設の建物」とさらにあいまいな主張に変えた。このように
主張が変遷すること自体、その虚構性を端的に示すものである。

(イ)そもそも、「ロアール」は、昭和五七年六月に開催された「第九回大沼伝統の集い」
にあわせて同月中旬に臨時に設置され、同月下旬には撤去されていたから、昭和五八年八月
には存在していなかった。

(ウ)原告は、第九回口頭弁論期日において、昭和五八年事件の場所である
「ロアール」は、概ね現在の「サンシャイン」と呼ばれている建物付近に被告の滞在直前に
建てられたものであると主張を変更するに至ったが、「サンシャイン」付近には
昭和五八年八月当時、いかなる建物も存在していなかった。

(エ)また、信子は、昭和五八年八月二二日、大沼会館新館ロビーにおいて、被告が参加
して行われた記念撮影の際、にこやかな表情を浮かべており、数日前に強姦行為を受けたと
は考えられない。原告は、右強姦の被害を裏付ける証拠として診断書(甲五〇)を
提出するに至ったが、右診断書は、作成経緯及びその内容からして、昭和五八年八月にあっ
たと主張する強姦行為とは全く関係のないものである。

(オ)原告は、第一三回口頭弁論期日において、「信子は、昭和五八年事件について従前は
一度の事件であると思いこんでいたが、原告訴訟代理人の質問に基づき、初めて昭和五七年
と五八年とは別の事件であったことを思い出した」として、「従前主張していた
『ロアール』は、昭和五七年事件の場所であり、昭和五八年事件は、銀月門から入った土手
の近くで行われていた」との新たな主張をするようになった。
しかし、原告訴訟代理人が新たに調査しようと思い立ったきっかけとなったと主張する図面
は、既に原告が提出済みのものであるから、信子も何度も目にしているはずであり、
第一三回口頭弁論期日のわずか一週間前になって原告代理人から質問された途端、突然思い
出すと言うことは不自然である。そもそも、昭和五八年事件の場所をめぐっては、本件訴訟
において再三問題となっていたのであるから、信子が記憶を喚起する機会はこれまで何度も
あったのである。しかも、昭和五七年事件は屋内であったのに対し、昭和五八年事件は、
屋外であったというのである。特異な出来事が屋外という忘れようのない場所で起きたとい
う記憶は心に深く刻まれるのが通常であるが、信子は、事件の時期と研修道場の敷地内の
位置だけが記憶として残り、それが昭和五七年六月の喫茶室「ロアール」での記憶と結びつ
いていたというのであり、その弁解は不自然にすぎる。
また、およそ事件を真に経験した者であれば、混同するはずのない出来事が二度であったの
か一度であったのかという事実を混同したという言い訳は、およそ考えられない。さらに、
被告から「ロアール」が存在しないという反論・反証がされた後になってから、都合よく
思い出せたということ自体、虚偽であることを強く疑わせるものである。信子は、
昭和五七年六月に被告宛に手紙を送付しているが、この手紙の内容は事件の存在を
およそうかがわせるものではなく、昭和五七年六月にも事件があったという原告の主張は
虚偽である。

エ 平成三年事件の虚構性
(ア)信子は、平成三年事件の日時について、『週刊新潮』掲載の手記では、「平成三年八
月一六日朝七時三〇分ころ」と特定していたにもかかわらず、『聖教新聞』等に反論される
と、訴状においては、「平成三年八月一七日ころ、早朝七時三〇分ころ」とことさら
あいまいにして主張するに至った。さらに、被告が釈明を求めると「平成三年八月一六日
から一八日の間」「五時三〇分から七時三〇分ころまでの間」とより一層あいまいな主張に
変わった。このように主張が変遷すること自体、その虚構性を端的に示すものである。

(イ)しかも、信子は、平成三年八月一六日午前九時三〇分ころに、翌一七日は午前一〇時
三〇分ころに、翌一八日は午前一〇時ころにそれぞれ函館研修道場に到着したものであり、
原告が主張する早朝五時三〇分ころから七時三〇分ころという時間帯には来ていない。
また、平成三年八月当時、被告の函館研修道場滞在中は万全の警備が行われていたから、
原告の主張する早朝の時間帯であっても信子が警備役員に気付かれずに研修道場側敷地に立
ち入ること自体あり得ないし、被告が警備役員に気付かれずに婦人会館から外に出て、
銀月門付近までたどりつくこともあり得ない。

(ウ)原告は、信子は、事件の結果、顔が大きく腫れ上がる等の傷害を負ったと主張する
が、八月一七日に撮影された写真のいずれにおいても、信子の額等に傷跡もなく、衣服の
異常もない。信子は、八月一七日に撮影された写真のいずれにおいても、加害者であるはず
の被告を目の前にしながら、被告に対して笑顔で拍手やお辞儀をし、被告の激励を受ける
女性の姿を目の当たりにして感激の面もちで目に涙さえ浮かべており、わずか数時間前に
事件に遭ったとは考えられない。また、八月一九日に撮影された信子の写真においては、
一六日、一七日、一八日撮影の各写真に写っている前髪や額の様子、表情と何ら異なるとこ
ろはない。これらの写真には、被告に対し笑顔で拍手やお辞儀をしたり、被告のもとで行わ
れたラジオ体操や会合に信子がごく自然に参加し、あるいは満面の笑みを浮かべている様子
が撮影されており、これからしても事件の不存在は明らかである。

(エ)原告は、第一二回口頭弁論期日において、平成三年事件の日時について、金褒賞をも
らった日の翌々日である等と主張するようになった。これは、原告が一度は、右事件の日時
を同年八月一七日であると特定する平成一一年九月二四日付準備書面を提出(ただし、陳述
はされなかった。)したところ、被告が同日撮影の信子の写真を証拠として提出し、その
写真に写っている信子の表情等から原告の主張する事件の虚構性が一見して明らかとなった
ため、窮地に陥り、一度は特定するに至った八月一七日という主張を一応維持する形をとり
ながらも、これを事実上八月一八日に変更しようとしたものである。しかし、八月一八日
は、信子はラジオ体操に参加しており、被害に遭った日のラジオ体操には出ていけなかった
という信子の『週刊新潮』等掲載の手記における言い分とは矛盾する。

(オ)さらに、信子は、平成三年九月一〇日付で、被害の妻宛に手紙を送付しているが、そ
の内容には、およそ事件をうかがわせる記載はない。

4)民事訴訟法二条違反の訴訟行為

ア 昭和五八年事件の場所についての主張変更
原告は、第九回口頭弁論期日において、昭和五八年事件の「ロアール」の場所をようやく
図面上で特定するに至った。しかし、信子は、そもそも『週刊新潮』掲載の手記以来一貫し
て右事件の場所を昭和五七年六月の大沼伝統の集いにあわせて建てられたプレハブ建ての
喫茶「ロアール」と明言し、被告の求釈明の申立てに対しても従前の主張を何ら訂正しなか
った。したがって、右事件の場所については、従前信子が述べていたものとは同一のもので
あることが当然の前提となっていた。これに対し、被告は、昭和五七年六月に建てられた
プレハブ建ての喫茶「ロアール」が昭和五八年の時点には存在しないことを専門家の写真
解析という手法により反証した(乙三四の一ないし三,三七,三九)。しかるに、原告は、
第九回口頭弁論期日に、「ロアール」は、「サンシャイン」と称する建物付近に、昭和五八
年の被告の滞在直前に建てられたと主張を変更し、さらに、第一三回口答弁論期日に
至って、昭和五八年事件は、屋外で発生したものであると重ねて主張を変更した。まさに
被告の反証が功を奏するたびに、主張の変更を繰り返しているのであり、信義則違反以外の
なにものでもない。

イ 請求原因の特定を意図的にあいまいにしていること
本件訴訟は、信子が受けたという強姦行為を請求原因として提起されたものであるから、
原告にはその行為の日時、場所を具体的に特定して主張すべき責任があり、被告はそのよう
に具体的に特定された主張に対して防御する権利がある。ところが、原告らは、
『週刊新潮』等に手記を発表しておきながら、『聖教新聞』等で反論されると、被害に遭っ
た日時、場所等の事実関係をことごとくあいまいな方向に変遷させ、被告の求釈明に対しも
真摯に応ずることなく、さらにより一層あいまいにしており、信義則違反というほかない。

ウ 明らかに自分の声が録音されたテープを偽造であると主張しながら声紋鑑定に使用した
テープを提供しないこと
原告は、被告が提出した各録音テープのうち、平成四年五月一四日の函館平和会館での辞任
勧告後に信子が創価学会本部に対して電話した内容を録音したテープ(乙二九)について、
被告によって偽造されたものであると主張するが、口調や内容自体から、録音された女性の
声が信子のものであることは明らかである。原告は、偽造の主張を裏付ける証拠として声紋
についての鑑定書(甲四三の一,二)を提出したため、被告は、右声紋鑑定なるものの信憑
性を検証するべくその比較対照に供した録音テープの提出を求めたが、原告は、被告によっ
て改ざんされるおそれがある等の不合理な理由をつけて提出しなかった。このように、自ら
は声紋についての鑑定書を提出しながら、比較対照に供したという録音テープの提出を拒否
する一方で、被告提出の各録音テープを偽造と主張する訴訟追行態度は不誠実なものといわ
ざるを得ない。

エ 書証の明白な偽装
原告は、函館研修道場が被告の専用施設であったかのように印象づけることをもくろみ、
信子作成の「大沼研修道場池田先生専用施設備品」と題する書面が存在するとして、第八回
口頭弁論期日において甲二一として提出した。これについて、被告は、右写真は大沼所在の
函館研修道場ではなく、函館市内にある函館文化会館の写真であり、偽装の証拠であること
を明らかにした。原告らは、長年函館の創価学会幹部を務めていたのであるから、甲二一の
写真が函館文化会館の写真であって、函館研修道場の写真でないことは承知の上で、右写真
が函館研修道場の写真であると強弁し続けている。原告は、診断書や抗議の手紙について
も、偽装していることは、前述したとおりである。

オ 専ら嫌がらせと悪宣伝のための被告本人尋問の申出
第六回口頭弁論期日においては、当時争点となっていた消滅時効及び訴えの変更に関する
中間判決申立てに関する反論の書面等を提出することが予定されていたところ、原告は、右
予定された争点を大きくはずれ、前後の脈絡もないまま突如として被告本人尋問の申出を行
った。これは、本訴提起が、専ら被告と創価学会に対する悪宣伝を行うことを目的とするも
のであり、そのためにはいかなる訴訟行為も辞さないという原告の不誠実な訴訟追行態度を
示すものである。

カ 理由のない裁判官忌避の申立てによる訴訟の引き延ばし
原告は、第六回口頭弁論期日において、信子と原告の請求の一部について弁論が分離、終結
されたことに対し、二度の弁論再開の申立てを行った後、合議体の裁判官全員について
裁判官忌避の申立てをした。原告が主張した右忌避の理由は、裁判官全員が被告や創価学会
から圧力を受けたというおよそあり得ないものであり、結局、右の忌避申立ては専ら訴訟の
引き延ばしを図るためのものにすぎない。

5)まとめ
本件は、役職解任を逆恨みした原告が、創価学会を批判する勢力と連携して、訴訟の場を
利用して専ら創価学会と被告とを攻撃する目的で提起された不当訴訟である。本件を通常の
損害賠償請求訴訟と同様に扱い、このまま原告主張の昭和五八年事件及び平成三年事件の
存否についての証拠調べに入ることは、原告らの不法な目的に裁判所が利用され、司法に対
する信頼を損なうことになる。よって、本件訴訟は訴権を濫用するものとして、却下される
べきである。

2 原告の反論
(一)訴権濫用について
1)本件訴えは、訴権を濫用するものであり却下すべきであるという被告の主張は、結局
のところ、本件が不当訴訟であり、損害賠償請求の対象となるという意味にすぎない。
そうであれば、被告は、本件訴訟を速やかに進行させ、損害賠償請求の反訴を提起するなど
すればよいのである。しかるに、被告は、原告が再三請求しても、本件請求原因事実につい
て認否を明確にしなかった。その結果、原告は、訴訟物に関係する一切の証拠を提出せざる
を得なくなったが、過去の事件について、調査や証拠の収集などを行うことには限界が
あり、一方的に不利な立場に置かれることになった。被告のこのような訴訟追行が許される
とすれば、被告は、訴訟物と無関係な主張を繰り返し、自らは原告の主張に対する認否、
反論を行わず、原告の主張立証全体の概要が明確にされるのを待って、自らの主張を組み立
てることが可能となり、訴訟における当事者の平等を大きく損なうことになる。本件訴訟に
ついては、被告の応訴態度こそが責められるべきであるから、本案前の抗弁を却下し、実体
審理に入り、真実を究明すべきである。

2)訴権濫用の評価根拠事実のうち、何をどのように重視すべきかは個々の事案ごとに異
なるが、本件のように、夫である原告が、妻が強姦されたことを主張している事案では、
提訴者の主張する権利の存否が決定的に重要であるから、信子が強姦されたのではないかと
の疑いを残したまま、他を重く評価して審理を終結し、訴えを却下することは、裁判を受
ける権利を不当に侵害することになる。したがって、本件において、仮に、訴権濫用を理由
に訴えを却下する場合、裁判所としては、強姦行為がなかったことの認定をしなければなら
ない。

(二)訴権濫用の評価根拠事実について
1)本件訴訟の特異性(被侵害利益の不存在)について
原告の夫としての権利は、妻である信子の権利とは独立したものであり、原告は、単に時効
制度を潜脱する目的で原告となったのではない。また、原告は、本件訴訟において、被告及
び創価学会に対して悪宣伝を行うという目的を有していない。

2)本件訴訟提起の意図について
ア 原告らが平成四年五月に創価学会の役職を解任されたことは認める。

イ 原告が、創価学会の会員から提起された貸金返還請求訴訟に敗訴したのは、貸金債務の
ほとんどは返済したにもかかわらず、その立証ができなかったためである。

ウ 原告が数回にわたり創価学会本部に対して電話したことはあるが、恐喝したことはな
い。原告は、客観的な権利関係はともかく、主観的には墓地代金の返還請求ができると信じ
て、金銭の支払いを求めていたのである。

エ 信子の手記が被告が指摘する各新聞雑誌等に掲載されたことは認めるが、その余は知ら
ない。

3)昭和五八年事件及び平成三年事件の不存在の蓋然性が高いことについて
ア 平成八年二月に信子から告白されたという主張の虚構性について
信子は、平成八年二月、『週刊新潮』の取材を受けていたが、この中で初めて、同人が被告
から強姦されたことを告白するに及んで、原告は、信子が被告から強姦されたとの事実を初
めて認識した。原告は、過去に、『聖教新聞』函館支局の訴外高義男から「信子が被告から
目を付けられている。」「被告が信子を追い回している。」等の話を聞き、信子が被告から
何かいやらしいことをされた、又はされかかったのではないかと心配していた。しかし、
信子が実際に強姦されていたとは全く知らなかったから、初めてそのことを聞かされた原告
の精神的ショックは何事にもたとえようのないものであった。

イ 平成四年五月に信子が被告宛に抗議の手紙を出したことが解任の理由となったという
主張の虚構性について
被告が提出する平成四年五月一四日の函館平和会館における役職辞任勧告の際の創価学会役
員と原告及び信子とのやりとり、及び同日信子が創価学会本部宛に電話をかけた声を録音し
たという乙二八及び二九はいずれも、信子の声でないものが含まれており、編集されたもの
である疑いかある。
このことは、声紋鑑定により、乙二九の女性の声は、信子の声でないと鑑定されていること
からも裏付けられる(甲四三の一及び二,四四)。そもそも、乙二八及び二九は、話者の
同意がないまま録音されたものであり、違法収集証拠として証拠能力を否定すべきである。
信子は、平成四年五月八日及び同月一八日の二度にわたり、被告に対し抗議の手紙を発送し
ており、五月八日のものが、原告らの役職解任の真の原因となったものである。

ウ 昭和五八年事件について
(ア)原告は、前の原告訴訟代理人が作成した平成一一年三月一日付準備書面において、
昭和五八年事件の場所は、函館研修道場敷地内の銀月門から敷地内に入った位置の北方に位
置し、「サンシャイン」と称する建物の付近に存在した喫茶室「ロアール」である旨主張し
ていた。被告が写真解析の手法により「ロアール」の不存在を証明しようとしたのに対し、
現在の原告訴訟代理人が、航空写真を分析して、「ロアール」の存在を立証するため調査を
開始したところ、昭和五七年六月に建築が許可された野外休憩所の建物の形状が信子が説明
する「ロアール」の形状と酷似していることが判明した。
そして、現在の原告訴訟代理人が、信子と面接して再度事情聴取した結果、信子は、昭和
五七年六月に「ロアール」において強姦され、昭和五八年八月にも強姦されたが、その二つ
の強姦行為を同一のものと誤信していたことが判明した。信子が記憶喚起したところは
(イ)のとおりである。

(イ)信子は、昭和五七年六月、函館研修道場内の喫茶室「ロアール」において、被告から
強姦された。その具体的態様は、訴状記載のとおりである。信子は、被告が函館研修道場に
滞在していた昭和五八年八月、午前七時三〇分ころ、銀月門から「サンシャイン」のある
付近を通っていたとき、被告に襲いかかられ、突き飛ばされた。信子は、その場に倒れた
結果、木材のような物に頭部の中央を打ちつけ、目から火が飛ぶような痛みを感じ、倒れる
ときに右手で顔をかばったが、左側の胸を地面にたたきつけられたため、呼吸が止まり
そうになった。信子は、被告に引きずられて土手のくぼみに連れて行かれ、下着をはぎ取
られた。信子は、抵抗しようとして被告に倒されたまま暴れたため、すねと膝を打って痛め
た。信子はその後、被告に強姦された。
信子は、被告が函館市又は函館研修道場を訪れるたびに性的被害を受け、これを原告に隠す
のに必死であったから、事件の後も事件のことをできるだけ思い出さないようにし、忘れる
ように心がけていた結果、昭和五七年と五八年の二度の事件を一度の事件と思いこみ、
大沼研修道場の敷地内の位置については昭和五八年事件についての記憶に基づき、建物の形
状及び強姦の態様については昭和五七年事件の記憶に基づいて事件を思い出してしまった。

(ウ)信子は、当時、事件が公になることを恐れていたため、昭和五八年八月二二日に撮影
された写真では、努めて平静を装い、無理をして笑顔を作っていた。
また、信子は、当時、左肘関節部を打撲していたため、八月であるにもかかわらず、長袖の
上着を着用していた。

(エ)信子は、昭和五八年八月一九日に強姦され、同月二四日ないし二五日ころ、病院にお
いて診察を受けた。信子が帰宅すると、原告が心配して尋ねたため、信子はとっさに自転車
にぶつけられたと嘘をついた。原告は、右病院へ出かけ、加害者を取り逃がしたといって
難詰したが、信子の作り話であるため、自転車事故の加害者は存在してはいない。信子は、
原告に疑われないように、高血圧治療のため通院していた病院に通院先を変え、その後約一
箇月間、一日おきの割合で通院した。ただし、信子は、通院の際、強姦の事実は秘匿し、転
んでけがをしたと医師に申告して診察を受けていた。信子は、強姦の事実を秘匿しておきた
いという気持ちがある一方、被告を許せないという気持ちもあり、昭和五八年一〇月一九
日、右病院の内科を受診した際、外科で診断書(甲五〇)を書いてもらった。

エ 平成三年事件について
被告は、平成三年八月一四日に函館研修道場に到着し、翌一五日に大沼文化会館において
勤行が行われた。信子は、右同日、被告から金褒賞を受けた。翌一六日、大沼文化会館にお
いて全道の勤行会が行われた。信子が被告から強姦された日時は、被告から金褒賞を受けた
日の翌々日であり、勤行会の翌日であるから、八月一七日である。

4)民事訴訟法二条違反の行為について
ア 原告は、被告の反証をおそれて昭和五八年事件の場所についての主張を変遷させたので
はない。

イ 原告は、請求原因、特に強姦行為の日時についてことさらあいまいな主張を行ってはい
ない。相当昔のことなので、細かな日時の記憶を喚起できない部分があるとすれば、仕方の
ないことであり、ことさら不誠実な訴訟活動を行う意志はない。

ウ 声紋鑑定に供した録音テープは提出する予定であったが、鑑定人が廃棄してしまったた
め提出できない。

エ 甲二一は、昭和四八年事件のあった大沼研修道場の被告専用施設を撮影したものであ
り、函館文化会館の写真ではない。

オ 被告本人尋問は、本件訴訟の実体審理を行うために必要不可欠であるが、あくまで真実
を探求する手段にすぎず、被告及び創価学会に対して悪宣伝を行うことを目的としたもので
はない。

カ 原告の前の訴訟代理人により裁判官忌避の申立てがなされたことは認めるが、訴訟を
遅延させることを目的としたものではない。

第三 争点に対する判断
一 訴権濫用について
1 訴権の意義
訴権は、国民が自ら原告として訴えを提起し、その請求について国家機関である裁判所に対
して本案判決による紛争解決を求める権利である。すなわち、何らかの権利侵害を受けた
国民は、裁判所に対し、被害の救済を求めて提訴することができるのであり、これが、訴権
として保証されている。裁判所は、これに応えて、その訴えについて審理を進め、判決にお
いて提訴者の主張する実体権の有無及び事実の存否等について判断を示すことになるのであ
る。ところで、憲法三二条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と
規定し、国民の裁判を受ける権利を保障しているが、この裁判を受ける権利と訴権との関係
を同一のものとみるか、別個のものと見るかについては、学説上対立がある。しかし、裁判
を受ける権利が民事訴訟の場において具体化された権利が訴権であると解しても、両者は
別個の起源に由来する別物であると解しても、ここでの立論に影響はない。

2 訴権の濫用と信義則違反との関係
信義誠実の原則(信義則)は、権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実になすことを要
するという原則(民法一条二項)であるが、権利者といえども、自己の権利を信義誠実に
行使すべきであることはいうまでもないから、信義則に反する権利の行使は、権利を濫用す
るものであるというべきである。そして、信義則は、当事者間の訴訟外の実体的権利関係に
おいてのみならず、民事訴訟の場においても支配する原則である。このことは、民事訴訟法
二条が、「当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」と規定している
ところからも明らかである。
したがって、一方当事者が、相手方当事者に対し、信義則に反するような形で訴訟上の権能
の一つである訴権を行使している場合は、訴権を濫用するものというべきである。そして、
「訴権の行使が濫用に当たらないこと」は、訴訟要件の一つというべきであり、訴訟要件が
欠ける場合には、裁判所は訴え却下の訴訟判決をすることを義務づけられている。
すなわち、訴権の濫用は、不当な制度利用として、許容されるべきではないものであり、訴
えが訴権を濫用して提起された場合に、当該訴訟の審理を継続させることは、右訴訟におい
て被告の地位に置かれた当事者にとって酷であるばかりでなく、他方当事者の不当な企てに
裁判所が加担する結果になりかねないから、裁判所としては、訴権を濫用する訴訟であるこ
とが明らかとなった段階で、以後の手続を進行させるべきではなく、訴え自体が不適法で
あるとして却下する旨の判決を下すべきことが要請されているものである。
しかし、一方で、訴権は、国民の実体権実現のために重要な権利であるから、安易に訴権濫
用の抗弁を認めて、訴えが不適法であるとして却下することは、国民の被害救済の途を閉ざ
し、結果として、国民の裁判を受ける権利の保障を損なうことになる。したがって、訴権が
濫用に当たるか否かについては、慎重に判断しなければならないことはいうまでもないとこ
ろである。

3 訴権の濫用の要件
訴えの提起において、提訴者が実体的権利の実現ないし紛争の解決を真摯に目的とするので
はなく、相手方当事者を被告の立場に立たせることにより訴訟上又は訴訟外において有形、
無形の不利益・負担を与えるなど不当な目的を有し、提訴者の主張する権利又は法律関係が
事実的、法律的根拠を欠き権利保護の必要性が乏しいなど、民事訴訟制度の趣旨・目的に照
らして著しく相当性を欠き、信義に反すると認められる場合には、訴権を濫用するものとし
て、その訴えは不適法として却下すべきものと解される。訴権濫用に当たるか否かは、
提訴者の意図・目的、提訴に至るまでの経過、提訴者の主張する権利又は法律関係の事実的
根拠・法律的根拠の有無ないしその蓋然性、それらの法的性質・事実的背景、提訴者の訴訟
追行態度、訴訟提起・追行による相手方当事者の応訴の負担、相手方当事者及び訴訟関係者
が訴訟上又は訴訟外において被ることがある不利益・負担等その評価にかかわる事実(評価
根拠事実)を総合的に考慮して判断すべきである。そして、民事訴訟の提起は、本来であれ
ば、原則として正当であるのであるから、訴権濫用というためには、そうした制度利用を
許容すべきではないとするほどの不当性が認められることが必要であると解される。

4 請求棄却との違い
3で述べたとおり、訴権の行使が濫用に当たるか否かを判断するに当たっては、原告の主張
事実について、その事実的根拠の有無を検討すべき場合に、ある程度の実体審理を行うこと
が必要な場合がある。したがって、そのような場合において、訴訟要件の審査の過程で、
実体審理にも及んだ結果、原告の主張事実が認められないという結論に至れば、請求棄却の
本案判決をするという選択肢も考えられないわけではない。しかし、
2で述べたとおり、
「訴権の行使が濫用に当たらないこと」を訴訟要件とする趣旨にかんがみると、
3で示した
評価根拠事実について判断した結果、訴権濫用の要件があると認められる場合には、当該訴
え自体を不適法として排斥することが、民事訴訟手続上裁判所に要請されているものと解す
べきである。
このことは、本件のように、当初提訴された事件の一部につき、弁論が分離され、請求棄却
の一部判決がされている場合であっても同様に解するのが相当である。

二 認定事実
そこで、本件訴えが訴権の濫用に当たるか否かを検討していくことにする。甲二四,二七,
三二,四三の一及び二,四七,四八,五〇,乙一,二の一及び二,三,四,五の一ないし
三,六の一ないし三,七の一ないし三,八の一ないし三,一〇,一二の一及び二,一四ない
し二二,二八ないし三三,三四の一ないし三,三六の一及び二,三七,三九,四〇,四一の
一及び二,四三の一及び二,四四ないし四九,五二,五三の一ないし三,五四,五五,五七
ないし六四,六七,六八,七〇,七一,七三ないし七六,七八,八一,八三,八九の一ない
し三,九二,九八ないし一一一,一一三,一一四並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実
が認められる。

1 昭和五七年六月ころの事実
(一)被告は、昭和五七年六月二〇日に開催された「第九回大沼伝統の集い」に参加するた
め、函館研修道場を訪れた(乙二〇ないし二二,弁論の全趣旨)。

(二)創価学会は、被告の滞在に併せて、函館研修道場内にプレハブ建ての休憩所を建築す
ることを計画し、同年六月九日、北海道知事に対し、自然公園法一七条三項に基づく工作物
の新築許可を申請し、同月一七日、右申請は許可された。創価学会は、右許可に基づいて、
同月六月中旬、函館研修道場内の華冠之碑と「ムーンライト」と称する建物の中間部付近
に、プレハブ建ての平屋を建築した(乙四一の一,二)。右プレハブ建ての建物は、
「ロアール」との名称で、研修参加者に対して飲み物等を供する場所として利用され、
信子は、「ロアール」の運営に関する責任者であった(甲五五の一,弁論の全趣旨)。

(三)昭和五七年一〇月二日に林野庁が航空写真を撮影した際、同年六月に建てられた「ロ
アール」がまだ存在していたとすれば、「ロアール」それ自体、とりわけ「ロアール」の屋
根部分と「ロアール」による日陰部分が現認できるはずであるところ、右航空写真には、右
(二)の場所に、いずれも写っていない(乙三四の一ないし三,三六の一及び二,三七,
三九)。

(四)以上によると、昭和五七年六月中旬に建てられたプレハブ立ての建物「ロアール」
は、同年一〇月二日までに取り壊されていたものであることを推認することができる。

2 昭和五八年八月ころの事実
(一)被告は、昭和五八年八月一四日、札幌市で開催された北海道文化祭(第三回世界平和
文化祭)に出席した後、同月一七日から二三日までの間、函館研修道場に滞在した(弁論の
全趣旨)。

(二)被告の滞在中は、大沼会館新館と称する二階建て建物の一階ロビーとそれに隣接する
テラス(濡れ縁部分)が、研修参加者に対して飲み物等を供する場所として利用された
(乙四五)。

(三)八月二二日、大沼会館新館ロビーにおいて被告も加わって行われた記念撮影及び
その際撮影された写真(三枚)において、信子は、最前列の被告のそばに正座して写ってい
るが、うち一枚の写真ではほほ笑んでおり、うち一枚の写真では口元を手で隠して笑ってお
り、けがをしている様子は見受けられない(乙四七)。

(四)(
1)函館研修道場内の「サンシャイン」と称する建物付近の、銀月門、長者門、大
沼周遊道路とで三方を囲まれた区画には、「ロアール」らしき建物は存在しない。
すなわち、昭和五八年八月二一日及び二三日に撮影された六枚の写真の撮影範囲は、右区画
周辺一帯を含むものであるが、原告が「ロアール」の存在する範囲として主張する区画一帯
には、写真撮影の際、目隠しとなるような木々などは存在しないから、「ロアール」が物陰
に隠れ、写真に写らないことはあり得ないところ、そのような建物は写っていない
(乙四六,五三の一ないし三,五四,五五,六七,六八,七〇,七一,七三ないし七五,
一一一,一一三)。

2)昭和五八年八月六日に林野庁が撮影した航空写真にも、「ロアール」らしき建物は写
っていない(乙四三の一及び二,四四)。

3)昭和五七年一〇月以降、昭和五八年八月の被告の滞在直前までの間に、自然公園法に
基づく工作物の建築許可申請はされてはいない(乙四〇)

4)以上によると、昭和五八年八月に、原告が主張する場所に「ロアール」が存在してい
たことを認めることはできない。

3 平成三年八月ころの事実
(一)被告は、平成三年八月一五日、函館研修道場に到着し、同月二一日まで滞在した
(乙九八ないし一〇〇,一〇六)。被告は、八月一六日、開館して間もない右道場敷地内の
大沼文化会館に赴き、同会館において開催された記念勤行会にも出席した。八月一七日
から、本館(研修棟)二階礼拝室において、夏季研修会が開催され、被告も出席した
(乙五七,六一,一〇六,弁論の全趣旨)。

(二)信子は、八月一六日午前九時三〇分ころ、訴外二上姓子(以下「二上」という。)の
運転する乗用車で函館研修道場に到着した後、大沼文化会館二階礼拝堂において被告が出席
して行われた記念勤行会に参加し、その後、同会館一階ロビーにおいて、被告から激励を受
けた(乙六二)。その際、信子は、被告に笑顔を向けていた(乙五七)。信子は、
同日午後、函館研修道場本館(研修棟)二階礼拝堂において、被告が出席して行われた会合
にも参加し、話をする被告に笑顔を向けていた(乙五七)。

(三)信子は、八月一七日午前一〇時三〇分ころ、函館研修道場に到着し、訴外石田道子
(以下「石田」という。)と会って話をした後、第一別館付近の舗道を妻を同乗させてカー
トに乗って移動中の被告に対し、他の研修参加者とともに並んで拍手をしながら見送った
(乙五九,六三,一〇一,一〇二)。信子は、午前一一時二〇分ころ、函館研修道場本館
(研修棟)前で行われた記念撮影に参加し、カメラに対し笑顔を向けていた
(乙五八,一〇三)。さらに、信子は、同日夕方、函館研修道場本館(研修棟)二階礼拝堂
において被告が出席して行われた夏季研修会に参加し、被告が、訴外三原ナヲ(以下
「三原」という。)に話しかけているのを笑顔で見つめたり、感激の余り泣き出した三原を
感激した面もちで見つめていた(乙五八,一〇八,一〇九)。

(四)信子は、八月一八日午前一〇時ころ、二上の運転する乗用車で函館研修道場に到着し
た後、ラジオ体操に参加した(乙六二,一〇四,一〇五)。信子は、同日午後被告が出席し
て開催された「第四回北海道総会」に参加し、被告に笑顔を向けながら話を聞いていた
(乙一〇七)。

(五)信子は、八月一九日、函館平和会館二階広間において、被告が出席して開催された記
念勤行会に出席し、最前列に座り、話をする被告に対し満面の笑みを浮かべているほか、
被告に相伴してほほ笑みながら万歳も行った(乙四八,四九)。

(六)八月一六日、一七日、一八日及び一九日に撮影された信子の右の各写真からすると、
その額が大きく腫れ上がっているような受傷の状態は見受けられない。

(七)平成三年八月の函館研修道場における被告の身辺警備は二四時間態勢で行われてお
り、被告が一人で屋外に出ることはなかった(乙六四)。また、被告滞在中の右施設の警備
も二四時間態勢で、複数の役員によって行われていた(乙八三)。

(八)右のとおり認定した理由は次のとおりである。
1)乙六二(二上の陳述書)によると、信子は、八月一六日に金褒賞を受賞したというこ
とになるが、信子が大沼文化会館で勤行会が行われた日に金褒賞を受賞したことは争いがな
いから、その内容を信用することができる。そうすると、信子は、八月一六日は、早くとも
午前八時ころ自宅を出て、二上運転の乗用車で函館研修道場に向かい、午前九時三〇分ころ
同所に到着したものであって、原告が加害行為のあった時刻として主張するような早朝には
函館研修道場には到着していないと認めることができる。

2)乙六三(石田の陳述書)は、その内容自体不自然なところはなく、客観的な証拠であ
る乙五九の写真に、信子が他の会員と一緒に並んでカートで移動する被告を見つめている
場面が写っていることとも合致しているから、その内容を信用することができる。したがっ
て、信子は、八月一七日は、早くても午前一〇時三〇分すぎに函館研修道場に到着したと認
めることができる。

3)ア 原告は、乙五七の各写真の撮影日を八月一五日、乙五八の各写真の撮影日を八月
一六日と主張しているので、これらの写真の撮影日について検討する。

イ まず、乙五七の各写真の撮影日について検討する。
乙五七の〈一〉
の写真は、大沼文化会館において行われた勤行会の様子を撮影したもので
あること、乙五七の〈二〉ないし〈六〉の写真の撮影日も同日であることは争いがないとこ
ろ、乙一〇六には、大沼文化会館における勤行会は八月一六日に行われた旨記載されてお
り、乙五七の〈七〉から〈一〇〉の写真に写っている信子の服装は乙五七の〈一〉ないし
〈六〉の写真と同一であると見受けられる。そうすると、乙五七の各写真の撮影日は平成三
年八月一六日であると認められる。

ウ 次に、乙五八の各写真の撮影日について検討する。
乙五八の〈四〉ないし〈一三〉の写真は、三原が乙五七の〈一〉の勤行会の翌日に行われた
勤行会の場で、被告から声をかけられたときの様子を写したものであり、乙五八のその他の
写真も、これと同日に撮影されたものであることは争いがない。乙六一には、夏季研修会が
八月一七日から始まった旨の記載があり、乙一〇九によれば、函館研修道場の一般の訪問者
は、胸に日付の記入された入館証を着用することになっていることが認められるところ、
三原を写した乙五八の写真〈九〉を拡大した写真である乙一〇三によれば、同人が胸に
「一七」と書かれた入館証を付けていることが認められる。さらに、乙一〇一添付の写真
〈三〉、〈四〉に写っている者の胸に付けられた入館証の記載及び写真に焼き付けられた日
付により、乙一〇一添付の各写真の撮影日は八月一七日であると認められところ、乙一〇一
添付の写真〈三〉、〈四〉に写っている訴外大高友子の服装は、乙五九に写っているものと
同一であると見受けられ、乙五九の写真と乙五八の各写真に写っている信子の服装は同一で
あるから、乙五八と乙五九は同一の日に撮影されたことを推認することができる。以上によ
れば、乙五八の各写真の写真撮影日は、八月一七日であると認めることができる。

エ なお、乙六〇(平成三年八月二三日付の『聖教新聞』)には、乙五八〈九〉の及び
〈三〉の写真が掲載され、〈九〉の写真の撮影日は八月一七日、〈三〉の写真の撮影日は同
月一八日とされているが、両方の写真に写っている人物が同じ服装をしていることから、各
写真は同日に撮影されたものと推認され、どちらかの撮影日の記載が誤っているとみられる
から、これは、乙五八の撮影日が一七日であるという右認定を左右するものではない。
また、原告は、「乙六〇に記載された写真は乙五八の写真〈九〉と同一の写真であると思わ
れるが、乙六〇に掲載された写真には乙五八の写真〈九〉に写っている『創立七〇周年開幕
記念 第四回北海道総会』という横断幕が写っていないから、『聖教新聞』掲載の写真は改
ざんされているおそれがあり、同新聞掲載の写真とその発行日を基準として日付を特定すべ
きではない」旨主張する。これに対し、被告は、「乙六〇の写真は、乙五八の写真〈九〉と
同一であるが、右横断幕は、写真撮影日の翌日から開催される北海道総会のもであるため、
右横断幕を残したまま写真を掲載すると、読者に誤解を与えるおそれがあるため削除した」
と主張するが、事柄の性質上、被告の右主張は不合理なものとはいえない。したがって、
結局、乙五七,五八の撮影日に関する原告の主張には理由がない。

4 平成三年八月から本件訴訟提起前までの事実
(一)原告の貸金返還請求訴訟での敗訴
1)原告は、昭和六一年から平成四年にかけて、複数の創価学会員から貸金返還請求訴訟
(函館地方裁昭和六一年(ワ)第一五〇号、同平成四年(ワ)第一五三号、第一五四号、
函館簡裁平成四年(ハ)第三八七号貸金返還請求事件)を提起され、敗訴した(乙五ないし
八の各一)。原告は、右函館地裁昭和六一年(ワ)第一五〇号事件について、平成二年
(ワ)第七号不当利得返還請求事件の反訴を提起したが、敗訴した(五の一)。原告は、右
各事件のすべてについて、上告審まで争ったが、いずれも請求を認容する内容の判決が確定
した。右四件の判決によって認められた原告の貸金債務の合計は一九五五万二四一三円であ
る(乙五ないし八の各二,三)。

2)函館地裁昭和六一年(ワ)第一五〇号事件判決は、その理由中で、原告の提出した
書証のいくつかについて、金額欄の明白な改ざん、訂正印のない作成日付の変更を認めてい
る。この点は、一見小さな事実にみえるが、原告の民事訴訟手続の利用における姿勢を示す
ものとして見逃すことのできないものがあると評すべきである。

(二)原告及び信子の役職解任
1)創価学会第三北海道区函館圏長の訴外大橋一夫及び大黒副会長は、連名で、平成四年
五月一一日、原告について、「夫婦共謀して多数の会員から金銭貸借をして迷惑をかけてい
る。七〇歳代の未亡人を中心に、会員一〇名より、約五〇〇〇万円の借用をする。二名に
ついては全く返済していない。六名については、借用金の二分の一ないし三分の二を返済し
た時点で支払いを止め、催促すると『多く支払いすぎている』と言って、逆に請求書を送っ
てくるなどしている。幹部に言うと『この町に居れなくする』等々ヤクザまがいの脅しをす
るなど常識では考えられない状況が続いている。」という
申請理由で、信子については、「夫婦共謀して多数の会員から金銭貸借をして迷惑をかけて
いる。会員からお金を借用するきっかけを作っていた。『証券会社や銀行にお金を置いてお
くより、うちの父さんに預けておくと増やしてやる』『私は先生から『貴女に函館をまかす
よ』と言われている』と言って、先生からの頂き物を見せて信用させる。『これからは頭を
使いなさい。父さんに預けると金利が多くつくから』等々言葉たくみに
だまし続けている。」という申請理由で、創価学会人事委員会に対し、原告の第三北海道函
館圏副本部長、信子の道副総合婦人部長(第三北海道)の職を解任するよう申請した
(乙二の一,二)。

2)ア 原告及び信子は、平成四年五月一四日、函館平和会館において、高間副会長、
大黒副会長、訴外宮川きん也創価学会副会長から、創価学会会員規程(乙四)によって禁止
されている会員間の金銭貸借をしたことを理由に、創価学会組織人事規程(乙三)に
基づき、幹部役職の辞任を促された。原告は、高間副会長から辞職を促されると、「わしは
辞めない。」「あんた辞め、辞めれ、な。」と辞職する意志がないことを明らかにしただけ
でなく、「ばかなこと言うな、このやろう、きさま」「大黒から辞めさせればいいだわ。
この、片輪ものから。」と述べた。原告は、その後も、「悪い。」「金銭貸借よくねえ。」
と自分が会員間の金銭貸借をした事実を認めてはいるものの、辞職勧告については、
「てめえらど、はっ倒す。わけねんだ。こっちは。いいか、このやろう。命にかけたって、
てめえらやってけるから。」等と述べて高間副会長らを罵った。信子は、原告に対し「黙っ
て聞きなさいって。」と何度も制止したり、「あんたね、先生(被告)にもね、あやまなき
ゃないし、秋谷会長にもあやまなきゃならないんだから。」と述べてなだめようとしたが、
原告は聞き入れなかった。

イ 高間副会長が、原告らが辞表を書く意志がないのであれば、創価学会としては解任手続
をとらなければならない旨を説明すると、原告は、「とれよ。」「おめえ達な、副会長なん
ていってな。生意気言うんじゃないよ、このやろう。」などと興奮して声を張り上げた。
信子は、高間副会長から「倉益さんを連れて下村さんの家に行ったわけでしょう。」と会員
間の金銭貸借の仲介をした事実を指摘されると「そうそう、やりました。」と述べて、右
事実を認めたが、原告の金銭貸借に対する関与は否定した。信子は、原告及び信子が辞職勧
告を受ける理由としては、「私たちをやっぱりいやがってるっていうことを私聞いてます。
はっきりゆって、うん、嫌がっていると。」「私が何かね、あのー学会本部に何か手紙でも
やってるように、皆さん思っているようだけれども、私は何にも人様のことをね、ああだ、
こうだって先生になんか、ゆってやったことなんかありませんよ。それをね、なんか、私が
いるとね、邪魔なようなね、話をね。」と、信子が被告宛に手紙を送って被告に告げ口をし
ているかのように周囲に思われていることが原因ではないかと考えていることも述べた。

ウ その後も、原告は、信子の制止を聞かず、興奮した口調で、「この片輪やろう、この
詐欺、うん、女たらし。てめえくれえ、おめえ、函館中、おめえばなんてゆってんのよ。
おめえ、みんな。」等と述べた。信子は、「わし、今ね、電話架けてみるから。」と述べて
席を立とうとしたが、原告は最後に「いいか、宮川。おめえも気いつけれー。このやろう。
いいか、このやろう。この、片輪にしてやるから、きさまら。」と言いながら会館を出た
(乙二八)。

エ 平成四年五月一四日、函館平和会館にて高間副会長らが原告らに対して辞職勧告をした
際のやりとりが右アないしウのとおりであることは、このやりとりを録音した乙二八及び
乙七六(録音を担当した訴外石田耕造の陳述書)により認めることができるが、原告は、
乙二八は違法収集証拠であり、かつ、編集されている可能性があるとして証拠能力を争うの
で、ここで検討しておくことにする。
第一に、本件訴訟提起にいたる経緯の中で、原告らの創価学会の役職辞任勧告の際のやりと
りは一定の意味を有すると言えるから、乙二八の証拠調べの必要性は認められる。
第二に、原告は、乙二八について、会話を録音することについて話者の同意のないものであ
り、違法収集証拠として証拠能力を排除すべきものと主張する。話者の同意なしに録音した
テープについて、公序良俗に反するような不法な手段により、又は話者の人格権を侵害する
ような形で違法に収集したものと認められる場合には、訴訟法上、その証拠能力を否定すべ
きものと解するのが相当である。しかしながら、乙二八についてみると、その冒頭で、
「大事な話し合いであるから、やりとりを記録する。」旨の高間副会長の発言があるから、
原告らは、右やりとりを録音することについて承諾していたものと認めることができる。
したがって、乙二八は、原告らの承諾なしに記録されたものではなく、この点から違法収集
証拠であるということはできない。
第三に、原告は、乙二八には原告が話した記憶のある事実が記録されていないから編集され
ている可能性があると主張する。しかし、乙二八にみられる話者のやりとりの流れは自然で
あり、作為的であったり、編集した箇所があるようには思われない。そればかりでなく、
原告は編集の可能性を示す具体的な事実を何ら指摘することもなく、記録されたもの以外に
原告が何かを話したと認めるに足りる証拠はないのであるから、右主張には理由がない。
以上によれば、乙二八の証拠能力には何ら問題はなく、証拠資料として事実認定の基礎とす
ることができる。

3)ア 信子は、平成四年五月一四日、帰宅後、創価学会本部の秋谷会長宛に電話をか
け、応対した創価学会職員である訴外鶴岡公明(以下「鶴岡」という。)と話した。その中
で、信子は、「私は何にもお金は借りてませんと、ただ、その弁護士さんが、倉益さんて人
ば呼んで、ある一軒の家へ呼んでね、そしてゆったことに対しては、私はそこへついて行き
ましたよ。」と金銭貸借の仲介の事実は認めたものの、「そいだからこの際に、何か信平
さん方に、あの落とすような原因がないかとおもって、私、探ってたと思うんですよ。
そこにこの話を、ちらっと誰かから聞いて、そしてそうゆうふうにして探りを入れたもんだ
と思うんです。」「だからともかく、私たちがここにいて、いなきゃいいっていう、そうゆ
うなんか、ここに、この渦巻いてるものがあるんです、策謀ってゆうか。だから、結局私
が、何かその先生にね、告げ口していると思うのかね、私そんなこと、絶対してないんです
けどね。」と、役職の辞任勧告に対する不満を述べるとともに、「何も私、創価学会に対し
て悪いことしてませんもの。
それを除名するの、ね、書けの、も本当に一体これはね、一体先生のお心でないなーって私
思うんですけども、そんなもんでしょうか。」「だから、うちの主人も私も、私たちは創価
学会に恩があるって。池田先生に恩があるから、辞められないんだと、檀徒に行かれないん
だって言うんですけども、辞めなさいっていうんですよ。」と述べた。

イ 信子は、被告から強姦の被害にあったこと及びそのことを抗議する手紙を出したこと等
については、一切言及することはなかった。かえって、信子は、「五月三日の前」に、
「主人が大黒さんに呼ばれて、あの、このようにして、創価学会から出て行きなさいとゆわれ
たと。だけども、脱会するわけにはいきませんて。先生に恩があるし、
創価学会に恩があるから、ね、自分の残された生涯ってゆうものは、創価学会の中で死んで
いこうと思って決めましたので、私は脱会できません、て(手紙を)書いてやりました。」
と述べた。

ウ 信子は、鶴岡が原告と電話を替わるよう述べたことから、途中で原告と入れ替わった。
原告は、「そだな、少しでもぜにこあれば広宣流布のために、使えるから、広布部員もまた
できるもんなって、こうゆう、簡単な気持ちでね、まあその金のやり取りをさせてやったわ
けだけど」悪いことであることは「分かってます。」と金銭貸借の事実は認めつつも、
「これがね、あくまでも大黒ってゆう、函館の責任者が我々がここにいることを嫌なの。」
「ともかく金銭の貸借したから、あんた辞めてもらうと、こうゆうんですよ。そらあんまり
ひどいもんね。」と辞職勧告に不満であることを述べた(乙二九)。

エ 平成四年五月一四日、信子と原告が秋谷会長宛に電話をかけ、応対した鶴岡との間でし
たやりとりが、右アないしウのとおりであるこは、このやりとりを録音した乙二九及び七八
(電話に対応した鶴岡の陳述書)により認めることができるが、原告は、乙二九の女性の声
は信子の声ではないと主張し、これに沿う日本音響研究所所長鈴木松美作成にかかる声紋に
ついての鑑定書(甲四三の一,二)及び意見書(甲四四,四九)を提出し、証拠能力を争う
ので、ここで検討しておくことにする。元警察庁科学警察研究所副所長鈴木隆雄作成にかか
る意見書(乙五二,一一四)によれば、声紋とは、同じ言葉又は発音の音声を周波数分析し
て得られる周波数の分布状態をいい、声紋鑑定とは、この声紋を比較し、その同一性の有無
を鑑定するものであると認められるところ、これを前提として考えると、甲四三の一の声紋
鑑定は、同じ言葉又は発音の音声の中央周波数を比較するという手法を採用しており、声紋
鑑定の手法として妥当であるかどうか基本的な疑問が残るといわなければならない。
さらに、乙二九は、平成四年五月一四日に録音されたものであるのに対し、甲四三の一に
おいて比較対照に供した信子の声は、右時点から七年近く経過した時点で録音されたもので
あり、信子の声自体も変調している可能性も考えられ、しかも、乙二九は、電話における
会話を録音したものであるのに対し、比較対照に供された信子の声は電話を通したものでは
ないというのであるから、甲四三の一は、比較対照に使用された資料の適切性という観点か
らみても疑問がある。そもそも、乙二九の録音テープ自体が正確に反訳されていることに争
いはないところ、乙二九によると、信子と鶴岡との間の会話の流れは、それ自体自然である
し、そのような自然な会話の流れの中で、鶴岡が、信子に対し、原告が電話のそばにいるか
否かを尋ね、いるのであれば替わるようにと言われて信子が原告と替わっているのである
が、仮に乙二九が偽造されたものであるとすると、信子の声だけでなく、原告の声も偽造さ
れていることになり、似た声の人物二人を用意して録音テープを偽造したということになる
が、そのような事態は経験則上想定しにくい。加えて、乙二九の内容は、同日に録音された
乙二八における信子の会話の内容とも整合しているから、その意味でも、偽造されたものと
みることは困難である。
さらに、右鈴木隆雄は、自らも声紋鑑定をし、「乙二八に録音されている女性の声は、
乙二九に録音されている女性の音声とは、同一人の音声である」との結論を出している
(乙八一)。以上によれば、結局、乙二九が偽造により証拠能力を欠くものであるとする
主張には理由がないといわざるを得ない。

4)創価学会は、平成四年五月一五日、大黒副会長に対し、原告を第三北海道函館圏副本
部長、信子を道副総合婦人部長(第三北海道)の職からそれぞれ解任する旨の通知をし
(乙一)、大黒副会長は、原告らに対し、同日、電話でこれを伝えた(乙八九の二,弁論の
全趣旨)。

(三)原告及び信子の創価学会脱会
原告及び信子は、平成五年一二月一五日、創価学会に対し、「この度、私儀池田大作の悪虐
非道に怒りの念を禁じ得ず、大聖人の弟子として改心し、創価学会を脱会させていただきま
す。」と記載した脱会届を提出した(乙一〇)。

(四)原告による墓地代金返還請求訴訟の提訴
1)原告は、平成六年一〇月二二日、訴外辻武寿に対し、厚田墓苑整地費用七〇万円及び
墓苑代金四五万円の合計一一五万円の返還請求をしたが、拒絶されたことから、同年一二月
一日、被告に対し、「墓苑代金を返還できない理由を明らかにしないかぎり、告訴する」
という内容の手紙を送付した(甲二四,三二)。

2)原告は、平成七年一月六日、函館簡易裁判所に対し、被告に対する墓地代金四五万円
の返還請求訴訟(函館簡易裁判所平成七年(ハ)第一四号売買代金返還請求事件)を提起し
た(乙一二の一)。函館簡易裁判所は、平成七年四月二五日、原告の請求を棄却する旨の
判決を言渡し、右判決は確定した(乙一二の二)。

(五)原告による創価学会本部に対する電話
1)原告は、平成七年九月一四日、創価学会本部に電話をかけ、鶴岡が対応した。原告
は、「墓苑のお金をな、返すのが嫌だったら、俺、池田をな、どこまでも告訴してな、
すべてを、ばらす。ばらしてやるからって、ゆってけれよ。」
「あんた方、詐欺じゃねえか、だいたい。宗教詐欺だぞ。」「そんな、こきたねえことやる
んだら、池田を告訴し、な、もう一回、強姦罪でもう一回やってやるから。今、弁護士つけ
て、いいか。」と述べた(乙三〇)。

2)原告は、九月二二日、創価学会本部に電話をかけたが、これには同本部職員である
訴外川越崇男が対応した。
原告は、「四五万円の金を返せって、しゃべれや、あの墓苑の金」「森田康夫さんにゆって
くれればいい。」「それで、もし返さなければ、返さないようにな、池田大作を詐欺で告訴
する。してあるからな、もう。」「墓苑の金を返すんであれば告訴は取り下げるけど、そう
でなければ、とことんやるって言ってらって、信平は。」と、墓苑代金の返還を要求した
(乙三一)。

3)原告は、同年一〇月一八日、創価学会本部宛の電話で、墓苑代金四五万円及び寄付金
一〇〇〇万円を返すよう要求するとともに、「そこの大沼研修所の中の池田が使った専用施
設ってのあるわけだよ。そこのな、写真も、全部信平持ってるから。」「これに応じないん
であれば、その写真もなんも全部な、よそへ売るから、うちで。」「それを応じねえんであ
れば、俺はね、裁判起こすから、今、池田に、詐欺罪と強姦罪で。」と原告の要求に応じな
ければ、被告を詐欺罪と強姦罪で訴えて訴訟を起こすこと、大沼研修所の写真を他へ売る等
の脅迫めいた言葉を述べ、右の要求に対する返答の期限を一〇月末に設定した(乙三二)。

4)原告は、同年一二月七日及び一二日、創価学会本部に電話をかけた。一二月七日に
は、原告は、寄付金一〇〇〇万円と墓苑代金四五万円の返還を要求するとともに、要求に応
じないのであれば、「俺、一一日の日にな、池田をな、売るから。」
「あの弁護士たててな、東京行ってやるから、これ。これはね、一三日の日に、東京出てこ
いっつってるの、俺に。」「返さなきゃ秋谷も告訴すっから、俺。」「弁護士をな、三人つ
けたから。」「一一日のお昼まで返事がなければ、俺、一三日には、これをな、東京のな、
あるとこへな、全部渡すからな。」と述べた。一二日も右と同様の内容の電話をかけた
(乙三三)。

5)原告は、一二月二一日、創価学会本部に電話をかけた。その際、原告は、「創価学会
何だと思ってる。この、邪宗教じゃん、きさまら。」「よくな、おめえらな、池田から物も
らってきてよ、そこにいてこじきみていにしてよ、池田はどういうことをしてるか、
おめえ、分かってるか、函館へ来て。その函館の俺が信平だよ。な、今、函館もなあ、ぶっ
つぶしてやるから。このやろう。いいか。今な、七〇人集ってるから。
池田を告訴するから、そのつもりでいれ、このやろう。」と述べた(乙三三)。

6)原告は、一二月二二日、創価学会本部に電話をかけた。その際、原告は、
「池田出せ。」「あんまり人をな、なめるなよ創価学会よ。邪宗教のくせに。このやろう。
池田出せ、このやろう。」「今、必ず今な、仕返ししてやるから、テープ回して、池田に聞
かしてやれ、このことを」と述べた(乙三三)。

7)原告は、乙三〇ないし三三について、原告の同意を得ずに録音されたものであって、
違法収集証拠であるから証拠能力を否定すべきである旨主張する。しかし、乙三〇ないし
三三は、電話での会話について、通話者の一方が録音したものであって、発信者の承諾は得
てはいないものの(ただし、乙三三では、原告が「テープ回して、池田に聞かしてやれ」と
述べており、推定的承諾があったとも解される。)、その録音の手法が著しく反社会的であ
るということはできないから、違法収集証拠とは認められず、証拠能力を否定すべきもので
はない。

(六)信子の手記の発表その他の報道
1)ア 『週刊新潮』は、平成八年二月一五日発売の同月二二日特大号において、「沈黙
を破った北海道元婦人部幹部『私は池田大作にレイプされた』」という見出しのもと、イ
ないしカの内容の信子の手記を掲載した(乙一四)。

イ 昭和四八年事件
池田一行が大沼へやって来て三日目でしたから、六月二七日夜のことです。夜九時に私は、
池田の布団を敷きに三階へ上っていったんです。すると、初日も二日目も、布団を敷く時は
いなかった池田が、執務室に居て、何か物を書いていたのです。私は「失礼します。」と
言って、執務室と寝室の間の障子を閉めようとしました。すると池田は、「そのままでいい
よ。」と言う。私は、池田に背を向けて、さっさと布団を敷き、シーツをのばそうとしまし
た。そのときです。いきなり池田が背後からのしかかってきたのです。そして、肩の方から
手を伸ばして、ぐっと私の襟とスリップのひもを一緒に引っ張りました。夏ですから、私も
薄着で、作業のしやすい格好をしていましたから、ひとたまりもありません。バラバラと
ボタンがちぎれ飛びました。ハッハッという息づかいで池田が「下着は一枚だね」と言った
のが、耳に残っています。うしろ向きのまま、池田は私の体をまさぐり、そしてもの凄い力
で私を押しつけました。着ているものははぎ取られ、私は声を上げることもできませんでし
た。そして、池田はさらに後ろから突いてきました。私は俯せになったまま貧血を起こし、
気を失ってしまいました。どれほど時間がたったでしょうか。気を失ったときは、俯せだっ
たのに、気がつくと私は仰向けで天井をむいていました。ハッとしてその辺に散らばってい
る衣服を抱いて私は逃げだそうとしたんです。すると、池田は私の左足首を掴んで、
「そこにしばらくいろ。」と言ったのです。それでも逃げようとした私は、足を取られて、
膝を敷居にしたたか打ってしまいました。私は必死にふりほどいて二階にかけ降りると、
女子便所に飛び込みました。そして、動機を抑え、下腹あたりについている液体を何度も
何度も拭きました。皮膚があかくなっても拭き続けました。もうその時間は、外の岩風呂も
閉まっている時間で、身体を洗うこともできませんでした。

ウ 昭和五八年事件
一〇年後の昭和五八年八月に再び悪夢のようなことがあったのです。大沼を気に入った池田
は毎年のように、避暑にやってきていました。この年の八月、私がひとりで大沼研修道場内
の喫茶「ロアール」の掃除をしていた時のことです。ロアールは池田の泊まっている本館
から歩いて五分ぐらいのところにあるプレハブ建ての喫茶です。私は函館の責任者でしたか
ら、この喫茶も任されたので、毎朝七時三〇分ころからテーブルを拭いたり、一日の準備を
していたんです。大沼の夏は沼から上がってくる霞で早朝は数メートル先も見えません。
つまり、ロアールは霞の中にポツンと建っている喫茶なのです。早朝で人影もなく、入り口
に後ろ向きでテーブルを拭いていた私に、いきなり後ろから誰かが抱きついてきた。大きく
て、毛もじゃらの腕。「あっ、池田だ」と思った瞬間、池田は私の右脚に自分の脚をかけ
て、私を押し倒したんです。倒れる時、私はテーブルで胸をしたたかに打ち、息ができなく
なりました。あとは思い出したくもありません。最初の時と同じです・・・。後ろからもの
凄い力で私は押さえつけられ、スカートをめくり上げられました。恐怖で声も出ません。
私は暴れて、身体中が傷だらけになりました。その時の傷はあとで医者に行って、診断書も
とってあります。
20分経ったのか、30分経ったのか、わかりません。
人の気配を感じたのか、池田は私を離しました。私は必死で逃げながら、後ろを振り向いた
んです。池田もトレーナーみたいなものをズリ上げながら、こちらを見ました。そして、
「二号さんの顔を見に来たんだよ。」とニャッと笑いました。その時の表情は今でも脳裏に
焼きついています。

エ 平成三年事件
平成三年八月一六日の早朝、私はもう一度、池田の「暴行」を受けています。でも思い出し
たくもありません。あの人は一度狙ったものは何度でも狙って来るんです。大沼研修道場の
一角でのことですが、朝七時半ころ、朝霞の中を歩いているところを私はまた襲われたんで
す。このときも私も着ているものはボロボロになりました。私の心はさすがにこれで完全に
学会から離れてしまいました。あとから聞いたことですが、この日、池田は九時半からの
ラジオ体操の時、「二号さんはどうした」と、皆に聞いたそうです。当然私の姿は見えませ
ん。「まだ見えていません。」と誰かが答えると、「そうか。ゆっくりやすませてやれ。」
と池田は言ったそうです。

オ 平成四年五月の抗議の手紙
平成四年五月一〇日、私は池田宛に原稿用紙二一枚にわたる手紙を出したんです。その中に
は、財務のことや選挙のこと、そしてかつて私に池田自身が行った破廉恥行為の数々をすべ
て書き連ねました。そして、池田の責任を問うたのです。

カ その他
必ず、池田を法廷の場に引っ張り出し、その真の姿を国民の皆さんに知ってもらおうと思っ
ているんです。

2)『慧妙』は、平成八年二月一六日、「緊急予告 ついに発覚 池田大作の壊滅的悪行
近く報道を開始の予定 乞うご期待 本紙が発行される頃には、事件の一端が世間にも報じ
られ、池田大作の胃を痛ませ始めていることでしょう」という
予告記事を掲載した(乙一五)。

3)『自由の砦』は、平成八年二月二三日発行の第二六号において、「北海道創価学会の
元・婦人部最高幹部が告発『私は池田大作に強姦された』”衝撃の告白手記”を一挙掲載」
との見出しで、(
1)とほぼ同様の内容の信子の手記を掲載した。この記事において、信子
は、昭和五八年事件の日を同年八月一九日とした(乙一六の一,二)。

(七)『聖教新聞』等による信子の手記に対する反論
1)『聖教新聞』は、平成八年二月二五日、「第九七回本部幹部会・第一七回芸術部会か
」との見出しで、当時函館県婦人部長であった石田が、「平成三年八月一六日の朝七時三〇
分ころには信子は大沼研修道場に到着しておらず、信子が到着したのは午前九時三〇分ころ
である、昭和五八年には喫茶『ロアール』の建物自体が存在しない」旨の談話を行ったとい
う内容の記事を掲載した(乙一七)。
 
2)『聖教新聞』は、平成八年三月五日、「秋谷会長質問に答える2 7」という欄にお
いて、秋谷会長が、「プレハブ建ての喫茶『ロアール』は昭和五七年六月に第九回大沼伝統
の集いのために一時的に作られたものであり、行事終了後に撤去され、その証拠の写真も
ある、昭和五八年八月に撮影された写真にもプレハブ建ての建物が写っていないから、昭和
五八年八月にプレハブ建ての喫茶『ロアール』は存在しないと述べている」という内容の
記事を掲載した(乙一八)。

3)『創価新報』は、平成八年三月二〇日、「はがされた悪質な『作り話』の化けの皮」
との見出しのものと、「昭和五八年八月に撮影された写真をもとに、当時プレハブ建ての
『ロアール』は存在しない、平成三年八月一六日には、役員等が午前六時四五分から警備を
始めており、事件は起こり得ない、二上の話によれば、信子は同日、二上の運転する乗用車
で函館研修道場に向かい、到着したのは午前九時三〇分ころであった」という内容の記事を
掲載した(乙二〇)。

4)『聖教新聞』は、平成八年三月二五日、「『週刊新潮』のデタラメ報道信平の三つの
証言は全て『作り話』」との見出しのもと、福島啓充弁護士の談話として、「昭和五七年
一〇月及び昭和五八年八月林野庁撮影の航空写真によれば、昭和五八年八月には喫茶『ロア
ール』は存在しない、平成三年八月一六日には、役員等が午前六時四五分から警備を始めて
おり事件が起こり得ない、二上の話によれば、信子は同日、二上の運転する乗用車で函館研
修道場に向かい、到着したのは午前九時三〇分ころであった」という内容の記事を掲載した
(乙二一)。

5)『創価新報』は、平成八年四月三日、「『週刊新潮』の悪質デッチ上げ報道に決着 
決定的になった”信平手記”の『作り話』」「当時の航空写真が動かぬ証拠」という見出し
のもと、昭和五八年事件について、(
4)と同様の内容の記事を掲載した(乙二二)。

(八)信子による再反論の記事の掲載
1)ア 『週刊新潮』は、平成八年三月一四日発売の同月二一日号において、「秋谷会長
の『池田レイプ作り話』宣伝に動かぬ『証拠』」との見出しでイの内容の信子の談話を掲載
した(乙一九)。

イ 「プレハブ建ての喫茶『ロアール』は、大沼研修道場の敷地内に昭和五七年にできたも
のなんです。この年の六月の”大沼伝統の集い”にあわせてできました。私は池田の一声
で、この喫茶の理事になり、昭和六二年に後任の石田道子・現函館〈県〉婦人部長に引き渡
すまで、その責任者の地位にあったのです。そして、その時の売上げ明細をノートに書き記
してきたのです。秋谷会長が『ロアール』の存在を否定する前に、この石田道子さんが同じ
内容を聖教新聞紙上、そして、創価新報紙上で主張しているんですが、実は昭和五八年もそ
の翌年もその翌々年も私の下で『ロアール』の経理の帳簿をつけていたのは、当の石田さん
本人なんです。昭和六二年に石田さんに引き渡す時に彼女が受け取った『ロアール』のお金
の領収書もノートに貼り付けてあります。」「学会は昭和五七年に『ロアール』が撤去され
た、と言っていますが、これもとんでもない嘘なんです。実はプレハブ建ての休憩所が『ロ
アール』の北側にあり、これを大沼伝統の集いの後、撤去している。これを『ロアール』を
撤去したことにしようとしているんでしょう。」

2)なお、その後も、本件訴訟の経緯等について、『慧妙』などが引き続き取り上げ、
関係の記事を掲載している(弁論の全趣旨)。

三 検討
1 判断の順序
前提となる事実及び認定事実を起訴として、本訴において信子を原告としたこと等の評価、
昭和五八年事件及び平成三年事件の事実的根拠の有無、原告の本件訴訟追行態度、本件訴訟
提起にいたる経緯等について、順次検討を加えることとする。このうちで、主張の事実的根
拠の有無は、原告の主観的事情ないし提訴の目的いかんと関連し、ひいては、訴訟追行態度
の評価等についても大きな意味を持つ。なぜなら、主張について、事実的根拠が乏しけれ
ば、提訴が真摯な目的によるとみることが困難となる反面、事実的根拠が認められれば、
提訴の目的の正当性が推認されるという関係にあるからである。

2 本訴において信子を原告としたこと等について
(一)被告は、本件訴えにつき、信子の請求は、消滅時効の抗弁が提出されることが予測で
きたのに、あえて信子が原告になることで衝撃的な効果を狙い、かつ、夫である原告も当事
者となることで時効制度を潜脱するものである旨主張する。

(二)思うに、民事訴訟を提起する場合において、消滅時効が主張されることが予測される
ときであっても、これをあえて請求することはみられないわけではないし、また、被告が消
滅時効を主張せず、事実の存否につき訴訟上正面から争うことも稀ではない。そして、本件
訴えの内容からすると、信子が原告となることは至極妥当であり、かつ自然でもあるから、
結果としてセンセーショナルな効果が生まれたとしても、そのこと自体から訴訟追行態度を
云々することは相当とはいえない。

(三)また、原告の請求の根拠であるいわゆる夫の権利それ自体については、近時我が国に
おいて疑義を表明する学説もみられるし、比較法的にみると法律論として検討の余地がない
とはいえないが、およそ法律的根拠を欠くということはできない。そうすると、原告は、
固有の権利として、その侵害について提訴することはできることになるから、原告の提訴が
時効制度の潜脱であるとか、原告を名目的原告であるということは相当ではない。

(四)以上によれば、信子の請求としては、時効消滅するものであったとしても、原告の請
求として、本件事件がなお審判の対象となるのである。そこで、本件訴訟で主張されている
事件につき、その事実的根拠があるものか否かについて検討を加える。

3 昭和五八年事件の事実的根拠の有無
(一)前提となる事実及び認定事実によると、昭和五八年事件の日時、場所に関する原告側
の言い分及び主張は、次のとおり整理することができる。なお、本件では、原告らは信子が
手記で述べているところと同様のストーリーを主張して提訴しているから、原告の事実主張
に加えて、信子の手記等についても原告側の言い分として併せてその変遷の過程を検討する
ことが必要である。
1)信子は、『週刊新潮』平成八年二月二二日特大号掲載の手記において、昭和五八年
事件について、同年八月、大沼研修道場内の、池田の泊まっている本館から歩いて五分くら
いのところにあるプレハブ建ての喫茶「ロアール」で発生したとしていた(第三・二・
4
(六)・(
1)・ウ)。

2)信子は、『自由の砦』第二六号(平成八年二月二三日発行)掲載の手記において、昭
和五八年事件について、同年八月一九日としていた(第三・二・
4・(六)・(3))。

3)原告らは、第一回口頭弁論期日において、昭和五八年事件について、八月一九日ころ
の午前七時三〇分ころ、函館研修道場敷地内の喫茶室「ロアール」で発生したと主張した
(第二・二・
2・(一)・(2)・ア・(イ))。

4)原告らは、第二回口頭弁論期日において、昭和五八年事件について、八月一八日から
二〇日の間、函館研修道場の敷地の東部に建築された仮設の建物で発生したと主張した
(第二・二・
2・(二)・(1))。

5)原告は、第九回口頭弁論期日において、昭和五八年事件について、「ロアール」の
位置を函館研修道場敷地内で現在の銀月門から北方にあり、「サンシャイン」と称する建物
付近であると特定した(第二・二・
2・(四)・(3)・ア)。

6)原告は、第一三回口頭弁論期日において、昭和五八年事件は、屋外で発生したもので
あり、従前主張していた「ロアール」は、昭和五七年に同様の事件が起こった場所である旨
主張を変更した(第二・二・
2・(四)・(3)・イ)。

(二)(
1)認定事実第三・二・1によると、プレハブ建て建物「ロアール」は、創価学会
が昭和五七年六月中旬函館研修道場内の華冠之碑と「ムーンライト」と称する建物の中間部
付近に建てられたが、同年一〇月二日までには取り壊されており、昭和五八年八月ころには
存在しなかった。

2)これに対し、原告は、昭和五八年八月に、他の場所に喫茶室が存在したからといっ
て、原告が主張する「ロアール」が存在しないとはいえないし、「ロアール」はプレハブ建
ての建物であるから、自然公園法上の工作物建築許可申請がされていないこともあり得る等
を主張するが、いずれも単なる可能性の域を出ないものであって、前記認定を左右するに足
りるものではない。

3)そうすると、原告側の(一)・(1)から(5)までの言い分ないし主張は、「ロアー
ル」が存在しないという限りにおいて、事実的根拠を欠くものであることになる。

(三)(
1)問題は、変更後の右(一)・(6)の主張をどのように受け止めるかである
が、不法行為における加害行為の場所は、基本的な構成要件事実であり、その主張の変更に
は、相応の理由がなければならないと解される。さらに、信子は、前提となる事実第
二・二・
2・(四)・(3)・イのとおり、第一三回口頭弁論期日の前までは、一貫して被
告の加害行為は三回としてきたものであるのに、右変更後の主張によれば、加害行為は四回
であることになる。
これは、信子の訴えの基本的骨格に関わるところであって、その観点からも、主張の変更に
ついて、納得させるような理由があってしかるべきである。しかしながら、原告が自己の主
張を変遷させるに至った理由として述べるところは、以下で検討するとおり、いずれもおよ
そ納得させるに足りる合理的ものとはいえない。

2)第一に、原告は、被告が乙五三の一ないし三の写真解析の手法によって、昭和五八年
八月の時点で、原告の主張する場所に「ロアール」が存在しないことを証明しようとしたの
に対し、函館研修道場敷地における自然公園法に基づく工作物の新築等の申請状況を調査
し、その回答結果を得たところ、野外休憩所が昭和五七年六月九日に申請され、同月一七日
に許可されており、その建物の形状が「ロアール」と酷似していたことが、信子が昭和五七
年の出来事を思い出すきっかけとなったという。しかし、原告の昭和五八年事件に関する主
張に対し、被告は、第一回口頭弁論期日から、「ロアール」は函館研修道場敷地内に当時
存在しなかったという反論をしていたのであるから、昭和五八年事件においては、「ロアー
ル」の存否が最大の争点であり、その旨原被告双方が認識していたことは明らかである。
そして、原告訴訟代理人が弁護士照会の結果得た図面(甲五三の二)は、乙三四の一として
第八回口頭弁論期日において取り調べらていたし、昭和五七年六月に建築された
「ロアール」の写真も、乙三九として第九回口頭弁論期日において取り調べられていた。
そうすると、原告訴訟代理人は、被告の主張に対して再反論するに当たっては、被告提出の
書証を詳細に検討し、不明な点があれば、原告又は信子に直接問いただしていたと思われ
る。したがって、原告訴訟代理人及び信子は、右書証を見た時点でその主張の誤りに気が付
いてしかるべきであって、提訴から三年八箇月を経過した第一三回口頭弁論期日の
前になってようやくその同一性に気が付いたというのは、極めて不自然かつ不合理と評する
ほかない。

3)第二に、信子が、女性にとって屈辱的な強姦による被害を真に経験したのであれば、
それが一回だったのか二回だったのかという肝心な点について、混同して記憶してしまうと
いうことは、経験則上考え難い。特に、信子は、被告とは年に一回程度しか顔を合わせない
間柄であるから、前年である昭和五七年に強姦があったかどうかという事実について忘れ
てしまう、あるいは混同して記憶してしまうということは、およそあり得ないように思われ
る。もっとも、信子は、事件を忘れようとして、事件のことを思い出さないようにしていた
結果、記憶に混同が生じたと主張する。確かに、一般論として、人は嫌な体験を忘れようと
すること及びその結果忘れてしまうことがあることは経験則上認められるところであるが、
真に強姦被害に遭ったのであれば、忘れようと努力しても被害事実を忘れることはできない
ことの方が多いはずである。さらに、事件を忘れようと努力した結果、昭和五八年事件の
敷地内の位置は覚えていたが、それが屋外であったか屋内であったかという点に混同を生じ
るような記憶になるということは、にわかに想定することはできない。また、信子は、昭和
五七年にも「ロアール」が営業されていたことを忘れてしまっていたとも主張する。
しかし、信子の作成したノート表紙(甲五五の一)には、信子の筆跡と思われる字で「ロア
ール喫茶コーナ 昭和五七年、五八年、五九年」と記載されており、このノートは、
『週刊新潮』平成八年三月二一日号にも掲載されていた(乙一九)のであるから、これまた
容易に信用することができない。

4)以上によれば、信子が思い出したという記憶に基づく主張事実は、その思い出した経
緯として述べるところが極めて不自然であるし、記憶に混同があったという理由も極めて
不合理であり、納得させられるところはなく、およそ信用性に乏しいというほかないので
ある。

(四)昭和五八年事件の日時、場所に関する原告側の言い分ないし主張は、右(一)のとお
り変遷しており、しかも、それは、前提となる事実第二・二・
2・(二)・(1)、(3)及
び認定事実第三・二・
4・(七)のとおり、被告側が反ばくし、又は反証が功を奏するのと
時期が一致しているから、主張を変遷させていることそれ自体が訴訟上の信義則に反するば
かりでなく、実体的にも昭和五八年事件の事実の存在に強く疑いありとする評価を招くもの
といわざるを得ない。

(五)認定事実第三・二・
2・(三)によれば、昭和五八年八月二二日の記念撮影及びその
際撮影された写真(三枚)において、信子は被告のそばに座って写っているが、うち一枚の
写真では、ほほえんでおり、うち一枚の写真では、口元を隠して笑っており、けがをしてい
る様子はうかがわれない(乙四七)。このことも、昭和五八年事件の存在を否定する方向に
働くものといわなければならない。

(六)原告は、昭和五八年八月の事件で受けたけがについて、同年一〇月一九日医療法人社
団高橋病院医師訴外中嶋久裕(以下「中嶋医師」という。)の診察を受けたとして、診断書
(甲五〇)を提出している。これによれば、中嶋医師は、病名を「前胸部、左側胸部、右下
腿部、左肘関節部打撲挫傷兼多発挫創」と、「上記により約三週間の加療を要するものと認
む。」と診断している。しかしながら、他方、中嶋医師は、「診断書の作成において、診断
書の作成日が初診日から何箇月も離れている場合であれば、本文中に初診日を記入し、
過去の診療について診断書を作成する場合には、『○月○日から○月○日まで、○週間加療
した』と記載する。当該診断書には、本文中に初診日の記載がないことから、診断書の作成
日は一〇月一九日かその一,二週間後である。その記事内容が『三週間の加療を要する』と
なっていることからすると、受診時から必要な治療期間を記載したものである。けがは『多
発挫創』という浅い傷、表面性の傷であるから、けがをしたのは、受診した一〇月一九日に
近接した時期である」という認識を有していることが認められる(乙九二,一一〇)。
また、信子は、昭和五八年秋ころに、自転車に接触、転倒して胸を打ち、函館赤十字病院及
び医療法人社団高橋病院において受診したことが認められる(乙九三ないし九六)。
以上を前提とすると、中嶋医師の認識内容は、医師の診断書作成の方法も含めて合理的なも
のといえ、その内容は信用することができるから、信子のけがは、何箇月も前のものではな
かったということになる。かえって、信子が昭和五八年秋ころに、自転車と接触、転倒する
事故に遭い、負傷している事実を併せ考えると、中嶋医師が診察した際の信子の状態は、
右の事故によるものであった可能性もあるようにも考えられるが、この点は、必ずしも明ら
かであるとはいえない。しかし、そうであるとしても、甲五〇は、昭和五八年事件の存在を
裏付ける証拠とみることは到底できない。

(七)以上を総合すると、昭和五八年事件についての事実的根拠は極めて乏しいものといわ
ざるを得ない。

4 平成三年事件の事実的根拠の有無
(一)前提となる事実及び認定事実によると、平成三年事件の日時に関する原告側の言い分
及び主張は、次のとおり整理することができる。
1)信子は、『週刊新潮』平成八年二月二二日特大号掲載の手記において、平成三年事件
について、同年八月一六日朝七時三〇分ころ発生したとしていた(第三・二・
4・(六)・
1)・エ)。

2)原告らは、第一回口頭弁論期日において、平成三年事件について、同年八月一七日こ
ろの午前七時三〇分ころ発生したと主張した(第二・二・
2・(一)・(2)・ア・
(ウ))。

3)原告は、第二回口頭弁論期日において、平成三年事件について、同年八月一六日から
一八日の間の午前五時三〇分ころから七時三〇分ころまでの間であると主張した
(第二・二・
2・(二)・(1))。

4)原告は、第一二回口頭弁論期日において、平成三年事件について、発生したのは、
信子が金褒賞を受けた翌々日である八月一七日午前七時ころであり、それは、乙五七の写真
撮影日の翌々日、乙五八の写真撮影日の翌日であると主張した(第二・二・
2・(四)・
4))。

(二)認定事実第三・二・
3・(二)、(三)によれば、平成三年八月一六日は、信子が函
館研修道場に到着したのは、午前九時三〇分ころであり、八月一七日は、午前一〇時三〇分
ころである。
したがって、原告が主張するような時間帯(午前五時三〇分ないし七時三〇分)には、事件
が発生した場所には到着していないことが明らかである。そうすると、原告が、平成三年事
件の日を、乙五七の写真の撮影日の翌々日、乙五八の写真の撮影日の翌日等と主張するの
は、平成三年事件の日時を八月一八日としたいためであると解される。
しかしながら、認定事実第三・二・
3・(四)によれば、信子は、八月一八日午前一〇時こ
ろ函館研修道場に到着した後、ラジオ体操に参加しているのである。ところが、認定事実第
三・二・
4・(六)・(1)・エのとおり、『週刊新潮』の手記において、信子は、事件に
遭った日に行われたラジオ体操には参加できなかった旨述べているのであるから、この点
からも、事件が八月一八日であったことはあり得ないことになる。

(三)原告は、平成三年事件の場所につき、函館研修道場敷地内銀月門付近であると主張
する。認定事実第三・二・
3・(七)によれば、被告には二四時間態勢で身辺警備がされて
おり、当時右施設を二四時間態勢で警備する役員が複数名いたのであるところ、いつ何時人
が通りかかるかもしれない屋外で、原告主張のような事件が発生したということは、経験則
上にわかに想定し難いところである。

(四)認定事実第三・二・
3・(二)ないし(六)によれば、八月一六日ないし一九日に撮
影された各写真に写っている信子の顔には、額が大きく腫れ上がる等の傷害は見受けられな
いばかりでなく、原告が主張するような被害に遭ったものとは到底思われないにこやかな笑
顔を示しているものが少なくないのである。

(五)以上を総合すると、平成三年事件についての事実的根拠は極めて乏しいものといわざ
るを得ない。
なお、付言するに、本件では、訴訟要件の審査をしてきたのであって、原告本人尋問及び
信子の証人尋問を行ってはいないが、たとえ右人証の取調べを行い、原告及び信子が原告主
張事実に沿う供述をしたとしても、前記各理由からにわかに信用することはできないという
べきである。

5 本件提訴に至る経緯
(一)原告らの役職解任
1)認定事実第三・二・4・(一)によれば、原告は、昭和六一年から平成四年にかけ
て、創価学会員から、貸金返還請求訴訟を提起され、いずれも敗訴し、上告審まで争ったも
のの、いずれも請求を認容する内容の判決が確定した。

2)認定事実第三・二・4・(二)によれば、原告らは、創価学会会員規程によって禁止
されている会員間の金銭貸借を幹部の立場を利用して繰り返し行い、他の会員に迷惑を及ぼ
しているものとみられ、大黒副会長らから創価学会人事委員会に対し、役職解任申請がされ
ていたものであるところ、平成四年五月一四日、函館平和会館において、高間副会長、大黒
副会長らから、右の行状を理由に幹部役職の辞任を促されたが、原告は、辞職する意思がな
く、「きさま」などと反発し、「命にかけたって、てめえらやってけるから。」等と脅迫的
な言葉で高間副会長らを罵った。
高間副会長が、原告らが辞表を書く意思がないのであれば、創価学会としては解任手続をと
らなければならない旨を説明すると、原告は、「おめえ達な、副会長なんていってな。生意
気言うんじゃないよ、このやろう。」などと興奮して声を張り上げるなどした。

3)認定事実第三・二・4・(二)・(3)によれば、信子は、平成四年五月一四日、帰宅
後、創価学会本部の秋谷会長宛に電話して、応対に出た鶴岡に、原告及び信子に対する役職
の辞職勧告等について苦情を訴えた。その中で、信子は、金銭貸借の仲介の事実は認めたも
のの、大黒副会長らの「策謀」であり、「(池田)先生のお心でない。」などと述べた。
また、途中で信子と電話を替わった原告も金銭貸借の事実は認めつつも、金を創価学会のた
めに費やしたものであるとの弁解をし、大黒副会長が自分たちを嫌っていることが背景にあ
るなど、辞職勧告に対する強い不満を述べた。

4)認定事実第三・二・4・(二)・(4)、(三)によれば、創価学会は、平成四年五月
一五日、大黒副会長に対し、原告を第三北海道函館圏副本部長、信子を道副綜合婦人部長の
職からそれぞれ解任する旨の通知をし、大黒副会長は、原告らに対し、同日、電話でこれを
伝え、原告らは、結局、平成五年一二月一五日創価学会を脱会した。

5)以上によれば、原告らは、平成四年五月一四日、函館平和会館において役職の辞職勧
告を受けた際、辞職勧告の理由は、創価学会会員規程によって禁止されている会員間の金銭
貸借であると説明を受けたが、役職の辞職勧告を受けること又は役職を解任されることにつ
いて納得できておらず、むしろ、大黒副会長らにより嫌がらせをされているのではないかと
疑い、強く反発したものである。原告の反発及び不満を述べる態度と言辞は、激烈にして口
汚いものであり、原告の個性、人柄の一端をうかがうことができるものと言うべきである。
そして、これは原告らの脱会の原因となっており、さらに、その後の経緯及び本件提訴に至
る伏線として重要なものであると考えられる。

6)ア この点に関して、原告は、役職解任は右の理由によるものではなく、信子が平成
四年五月八日及び一八日の二回にわたって被告に対して抗議の手紙を送付したことが、役職
解任の真の理由である旨主張し、右抗議の手紙を送付したことを裏付ける証拠として、
甲四七、四八を提出する。しかし、役職解任は、平成四年五月一五日であるから、五月一八
日の手紙が役職解任の理由になることは論理的にあり得ない。五月一八日に手紙を出してい
ることは五月八日に手紙を出していることの間接事実としての意味しかないというべきで
ある。

イ ところで、認定事実第三・二・
4・(二)・(2)によれば、五月一四日の役職辞任勧
告の際のやりとり及び同日の学会本部に対する電話のやりとりの中には、右抗議の手紙の話
は一切出ていないのみならず、かえって、信子は、被告に対し、役職解任が不当であること
を訴える内容の手紙を出したと述べているのである。そして、信子が平成四年五月一八日
被告に対して出した手紙の封筒(乙八九の一)に貼付された引受番号である
「一九六・四九・六三三五四・四」は、甲四七の引受番号と同一であるから、信子が平成四
年五月一八日に被告に対して郵送した書留郵便は、乙八九の二であると認められるが、
これは、信子が「金銭貸借はしていない」旨弁解する内容のものであり、三つの事件には
一切触れていないのである。また、平成八年五月一八日付の書留速達郵便の下書きであると
いう甲四八は、末尾に平成八年五月一七日と記載されてはいるが、いつ作成されたものか
全く明らかではないないから、平成四年五月一日付の被告に対する抗議の手紙の存在を裏付
ける証拠とは到底なり得ないというべきである。したがって、原告の役職解任の理由につい
ての主張は理由がない。

(二)墓地代金返還請求訴訟と創価学会本部に対する電話
1)認定事実第三・二・4・(四)によれば、原告は、「厚田墓苑代金を返還できない
理由を明らかにしない限り、被告を告訴する」という内容の手紙を送付した上、平成七年一
月六日、函館簡易裁判所に被告に対する墓地代金四五万円の返還請求訴訟を提起したが、
平成七年四月二五日、請求は棄却された。認定事実第三・二・
4・(五)によれば、
原告は、その後、平成七年九月一四日、創価学会本部に電話をかけ、
「墓苑のお金を」「返すのが嫌だったら」「池田を告訴し、もう一回、強姦罪でもう一回や
ってやる」などと述べた。原告は、九月二二日にも、創価学会本部に電話し、「墓苑の金」
「もし返さなければ」「池田大作を詐欺で告訴する」などと述べ、墓苑代金の返還を請求し
た。さらに、原告は、一〇月一八日にも、墓苑代金四五万円に一〇〇〇万円を増額した金額
を返すよう要求するとともに、「これに応じないんであれば」「俺はね、裁判起こすから、
今、池田に、詐欺罪と強姦罪で。」などと述べた。原告は、同年一二月七日、一二日、二一
日、二二日にも創価学会本部に電話をし、同月七日には、要求に応じないのであれば、
「俺、一一日の日にな、池田をな売るから。」と述べ、一二日も右と同様の内容の電話をか
けた。同月二一日には、「今な、七〇人集ってるから。池田を告訴するから、そのつもりで
いれ、このやろう。」と述べ、同月二二日には、「池田を出せ、このやろう。」「今、必ず
今な、仕返ししてやるから、テープ回して、池田に聞かしてやれ」などと述べた。

2)以上によれば、原告は、平成七年九月から一二月にかけて、創価学会本部に対し、
繰り返し、創価学会を批判する勢力との連携をほのめかしつつ、墓地代金等を返還しなけれ
ば、被告を詐欺・強姦罪で告訴する旨の電話をかけているのである。その中での原告の話し
ぶりは、有無を言わせない強硬なものであり、その個性、人柄をうかがわせるに足りるもの
であるばかりか、まさに恐喝まがいと評されてもやむを得ないように思われる。そして、
このことは、本件提訴に至る経過の中で、原告の主観的事情を推測する上で見逃すことので
きない事柄であるといわなければならない。

(三)信子の手記の発表その他の報道
1)認定事実第三・二・4・(六)によれば、信子は、『週刊新潮』平成八年二月二二日
特大号において、本件事件にかかる手記を掲載するなどした。この点に関連して、平成八年
二月における信子の原告に対する告白について検討する。なお、昭和五八年事件及び平成三
年事件の事実の存否と比較すれば、原告が信子の被害を認識した時点がいつであるかは、
それほど大きな意味を持つものではないようにも思われる。
しかし、原告は、これをあくまで平成八年二月であると主張しているので、その主張全体の
信用性という観点から、これを検討しておく必要がある。

2)ア 第四回口頭弁論期日においてされた原告の主張は、原告は、平成八年二月、
信子から三つの事件の告白を受けてから、夫婦間で葛藤があり、原告らは離婚まで考えたも
のの、話し合いの結果、事件を公表することを決意し、『週刊新潮』等に手記を発表したと
いうものである。ところで、信子が手記を発表した『週刊新潮』平成八年二月二二日号は、
同月一五日発売であり、それ以前に信子に対する取材がなされていたことは明らかであるか
ら、信子が原告に対し、事件を告白し、夫婦間の葛藤を乗り越え、マスコミを通じて事件を
社会に公表することを決意し、『週刊新潮』らとの接触を図り、取材を受けて、記事が掲載
されるという一連の出来事が、ほんの数日の間にすべて生じたことになる。しかしながら、
一般人にとって、マスコミを通じて自らが被害を受けた事件を公表することは軽々に決する
ことのできない重大事であり、相当に逡巡するのが通常であると思われるところ、右のよう
な短期間にこれを決断したばかりか、マスコミとの接触、取材などについて首尾よく段取り
が整ったというのは、論理的可能性としてあり得ないこととはいえないが、経験則上、明ら
かに不自然であるというほかない。

イ また、原告は、第一二回口頭弁論期日において、原告は、信子が『週刊新潮』の記者か
ら取材を受けている場で、初めて事件のことを聞いたとも主張した。しかし、これは、右
従前のアの主張とは明らかに異なる上、信子は、夫婦間の危機をも招きかねない重要な事実
を、まず世間に公表することを決意し、それを公表するための報道関係者である第三者がい
る場において初めて夫である原告に告白するというのは、これまた、いかにも不自然である
といわなければならない。

(四)創価学会を批判する勢力との関係
認定事実第三・二・
4・(六)によれば、『週刊新潮』『自由の砦』に、信子の手記が
掲載されており、しかも、『慧妙』に右『週刊新潮』の信子の手記の予告記事が掲載されて
いる。このことから、『慧妙』の編集担当者は、『週刊新潮』の信子の手記掲載をあらかじ
め認識していたことをうかがうことができる。そして、乙一六の一,二によれば、『自由の
砦』は、創価学会脱会者等で構成される創価学会を批判する団体であることが認められ、
『慧妙』の発行主体である日蓮正宗が創価学会と対立関係にあることは顕著な事実であるか
ら、右二誌はいずれも、創価学会に対し批判的な団体の出版物とみることができる。右の各
記事の掲載に関し、原告及び信子が、具体的にどの程度まで関与したのかは明らかではない
が、少なくとも、原告及び信子に対する取材ができなければ記事を掲載することは不可能で
あるから、取材を受けるという限りで、それらの団体との間の一定の協力関係があることを
推認することができるというべきである(なお、以上の点は、創価学会又は被告に対して批
判すること及び批判的な内容の報道をすることの是非・善悪を問題にしているものでないこ
とはいうまでもない。あくまでも、本件提訴に至る経過の中にみられる信子の手記発表に関
わる客観的事実として述べているものであることを、念のために付言しておく。)。

(五)小括
昭和五八年事件及び平成三年事件についての事実的根拠が極めて乏しいことを前提として考
えると、原告らは、平成四年五月一五日、創価学会の役職を解任されたことを根に持ち、
平成五年一二月一五日、創価学会を脱会したが、その後に提起した被告に対する墓地代金返
還請求訴訟に敗訴した平成七年四月二五日の後も、原告は、九月一四日から一二月二二日
までの間、創価学会本部にたびたび電話し、創価学会を批判する勢力との連携をほのめかし
つつ、被告を詐欺罪又は強姦罪によって告訴すると述べるなど、恐喝まがいの言辞を用いて
墓地代金及び寄付金返還の要求をしていたが、結局それが効を奏さなかったことから、その
仕返しとして、信子の手記を週刊誌等においてセンセーショナルな形で発表することとした
ものと推認されてもやむを得ないように思われる。なお、原告らが被告及び創価学会に対し
て強烈な憎悪の感情を有していたとしても、何故にそこまでするのかについては、健全な
社会常識からすると若干の疑問が残らないわけではないが、原告らの個性、人柄に由来する
ところが大きいとみるほかないであろう(認定事実第三・二・
4・(一)・(2)、検討第
三・三・
5・(一)・(5)、(二)・(2)参照)。

6 原告らの訴訟追行態度
(一)昭和五八年事件の日時、場所に関する原告側の言い分及び主張並に平成三年事件の
日時に関する原告側の言い分及び主張について変遷を重ねていることは、前示
2・(一)、
3・(一)のとおりである。これは、それ自体、事実的根拠を欠くことをうかがわせるもの
であるばかりでなく、訴訟当事者として、到底真摯な訴訟追行態度と評価することはできな
い。また、主張・証明責任の観点からすると、本件のような損害賠償請求訴訟においては、
原告がまず請求原因である加害行為の日時、場所等を特定した後に、被告の認否・反論を求
めるべきであるところ、原告は、本件において、自らの主張の特定が不十分なまま、被告に
よる認否・反論を求めた形となっている。この点についても、訴訟当事者としておよそ信義
にかなったものということはできない。

(二)原告らは、右のように請求原因に関する主張を変更した上に、原告本人尋問の申出を
する前に、まず、被告による認否を求め、被告本人尋問の申出をした。
民事訴訟においては、当事者の主張である訴訟資料と人証等の取り調べの結果である証拠資
料とは峻別されているところ、原告らは、被告の認否・反論を明らかにするためとして、
被告本人尋問の申出を行っているのである。
被告本人尋問の申出は、もとより訴訟手続上の権利であるが、その申出の時期、立証趣旨に
加えて、本件訴訟にいたる経緯、原告らの訴訟追行態度等からすると、被告を公開の法廷に
おいて尋問を受ける立場に立たせることに主たる意図があったものと推認されてもやむを得
ないと思われる。

(三)また、認定事実第三・三・
3・(一)、4・(一)によれば、原告は、昭和五八年事件
及び平成三年事件の日時及び場所について、被告の反証が功を奏する度に主張を変更させて
いるのである。特に、原告は、第一三回口頭弁論期日において、昭和五八年事件について、
昭和五七年事件と混同していたとの主張まで追加しているが、これらは、請求原因事実であ
る加害行為の事実的根拠が極めて乏しいものであることを推認させ、ひいては、本訴が
被告に応訴の負担を負わせることを目的とするものであることを推認させるものというほか
ない。

(四)原告らが行った裁判官忌避の申立ては、裁判官が創価学会から組織的、継続的に不当
な圧力を受けているとの理由であるが、結局は、訴訟指揮の不当をいうにすぎず、およそ
忌避の理由がないことは経験ある法律実務家にとっては明らかであり、この申立ては専ら訴
訟の引き延ばしを目的としてされたものではないかとの疑問が残る。

(五)以上のほかにも、被告は、原告らの訴訟追行態度を云々するが、それらに逐一言及す
るまでもなく、以上述べたところからだけでも、原告らの訴訟活動は、真に被害救済を求め
る者の訴訟追行態度としては極めて不自然であり、およそ信義則にかなうものとはいえない
ことは明らかである。これも、結局のところ、各事件について事実的根拠が極めて乏しいこ
とに由来するものであるものと解される。

7 被告及び創価学会の被ることのある不利益
(一)前示のとおり、本件については、信子による手記の公表という形その他で報道され
た。その内容は、忌まわしいスキャンダルであるから、被告の創価学会における地位からす
ると、被告及び創価学会が有形、無形の不利益を被ることになったことは明らかである。

(二)本件訴えも、右の延長上のもとして、その提起・系属自体が被告及び創価学会に対
し、訴訟上又は訴訟外において有形、無形の不利益を与えることになるものと解される。現
に、本件訴訟の経過について、『慧妙』等が引き続き取り上げ、関係の記事を掲載している
のである(もっとも、被告側も、『聖教新聞』その他で批判を試みるなどしていることがう
かがえるのであるが、そのような反論活動に及ばなければならないこと自体が、事実上の不
利益というべきであろう。)。
もとより、被告は、多数の信徒を擁する宗教団体の名誉会長という地位にある者として、
さまざまな立場の論者から批判されることそれ自体は甘受すべきであろう。また、日蓮正宗
と創価学会との対立関係を背景として、種々のネガティブキャンペーンが行われることも
現実の問題としてみられるところである。しかしながら、被告が相応の批判を甘受しなけれ
ばならないとしても事柄によりけりであり、本件のような事実的根拠が極めて乏しい事柄に
ついて、しかも、スキャンダラスな内容のものをいたずらに報道されるいわれはないという
べきである。そして、その延長上のものである本件訴えについても、その事実的根拠が極め
て乏しいことが明らかになった以上、被告が応訴の負担を追い続けなければならない道理は
ない。

四 総括
1 原告らは、宗教団体を脱退した何らの権力を有しない高齢の市民であるのに対し、被告
は、多数の信徒を擁する我が国有数の宗教団体の名誉会長である。
そして、訴えの内容は、女性である信子にとって、それが真実であれば、恥辱この上ない悲
惨な出来事である。このような訴えは、相当の覚悟を持って初めてなし得るものであって、
多くの場合、弱者が強者に一矢報いるものであり、かつ、耳を傾けなければならないものを
含むものである。したがって、当裁判所は、信子の法的請求としては、時効に阻まれること
があったとしても、原告の請求として審判の対象となる以上、事実を解明することが裁判所
の責務であると考えた。

2 いうまでもなく、いかに社会的に力のないものであっても、誰もが等しく民事訴訟手続
を利用することができ、そして、訴訟手続上、事実解明のために必要があれば、いかに
富貴に富み、権勢を誇る者であっても、公開の法廷で尋問を受けることを免れることはでき
ない。当裁判所は、この当然の事理を念頭に置き、場合により、原告本人、証人、被告本人
の尋問もあり得ることを想定するとともに、事実が存在するのに、それが解明されないとす
れば、民事裁判の信頼は損なわれ、その権威は失墜することを肝に銘じて審理に臨み、原告
の訴え、主張及び被告の反論に虚心に耳を傾け、その立証及び反証について慎重に検討を加
えるなど記録を精査してきた。

3 その結果は、本件各証拠からみる限り前示のとおりであり、本件各事件の事実的根拠が
極めて乏しいことを前提として考えると、原告らは、禁止されている創価学会会員間の金銭
貸借を幹部の立場を利用して繰り返し行い、会員に迷惑を及ぼしていることを理由に創価学
会の役職を解任されたことを根に持ち、創価学会を脱会した後、墓地代金等の返還を求めた
が果たせず、そのため創価学会本部に恐喝まがいの電話を繰り返しかけたが、なお功を奏さ
なかったため、その仕返しとして、信子の手記をマスコミを通じて公表し、その延長上のも
のとして、被告に訴訟上又は訴訟外における有形、無形の不利益を与える目的で本件訴えを
提起したものであると推認されてもやむを得ないというほかない。すなわち、本件訴えは、
その提起が原告の実体的権利の実現ないし紛争の解決を真摯に目的とするものではなく、
被告に応訴の負担その他の不利益を被らせることを目的とし、かつ、原告の主張する権利が
事実的根拠を欠き、権利保護の必要性が乏しいものであり、このことから、民事訴訟制度
の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き、信義に反するものと認めざるを得ないのであ
る。したがって、本件訴えは、訴権を濫用するものとして不適法なものというべきであり、
このまま本件の審理を続けることは被告にとって酷であるばかりでなく、かえって原告の
不当な企てに裁判所が加担する結果になりかねないから、この時点で本件訴訟審理を終了す
ることか相当である。

第四 結論
以上検討したとおり、本件訴えは、訴権を濫用する訴えであるから、不適法なものとして
却下することとし、主文のとおり判決することとする。

  東京地方裁判所民事第二八部
         裁判長 裁判官 加 藤  新太郎

             裁判官 片 山  憲 一

             裁判官 日 暮  直 子

右は正本である。
 平成一二年五月三〇日
     東京地方裁判所民事第二八部

         裁判所書記官  秋山喜代吉  印


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