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東急不動産だまし売りの悪質さ

東急リバブル東急不動産の新築マンション・アルス東陽町301号室だまし売りは巧妙に仕組まれた悪質な詐欺的商法である。東急リバブル東急不動産は日照や眺望をセールスポイントとしながら、不利益事実(隣地建て替え、騒音など)を隠して、問題物件をだまし売りした。東京地裁平成18年8月30日判決(平成17年(ワ)3018号)は東急不動産の消費者契約法違反(不利益事実不告知)を認定し、売買代金全額返還を命じた。

アルス東陽町301号室をだまし売りした東急リバブル東急不動産の販売手法が卑劣であったことは東急不動産消費者契約法違反訴訟の原告本人尋問で明らかになっている。東急リバブルは作業所隣接地の建て替えを隠しただけでなく、駐車場になっている東側の危険性を強調することで購入者を誤認させた(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、67頁)。このだまし売り手法はアルス横浜台町と共通する。アルス横浜台町でも購入者が裁判を起こした。

企業工作員と指摘される人物から即日契約したと購入者を中傷するネット工作がなされているが、事実無根の虚偽である。原告本人尋問(2006年2月6日)において、現地を3回見たと証言している(原告本人調書12頁)。東急不動産代理人の井口寛二弁護士も反対尋問で「3回ほど現場を見られて」と発言している(原告本人調書13頁)。これは東急不動産も否定していない既定の事実である。

東急不動産だまし売りの言い訳は値引き

隣地建て替えなどの不利益事実を隠して新築マンション・アルス東陽町301号室をだまし売りした東急不動産は、マンションの値引きをだまし売りの言い訳とした。東急不動産(販売代理:東急リバブル)は不利益事実(隣地建て替えなど)を隠してアルス東陽町301号室をだまし売りし、消費者契約法違反(不利益事実不告知)で売買契約を取り消された。

東急不動産は愚かにも、だまし売りの言い訳として値引きを持ち出した(乙第13号証)。アルス東陽町301号室の販売に際し、東急リバブル営業(クオリア門前仲町マンションギャラリー)は期末までに契約を獲得するために新築マンションを値引きして販売した。値引きは期末までに契約を獲得するための営業政策的なもので、だまし売りとは関係ない。

そもそも「値引きをしたから問題物件のだまし売りが許される」「購入者は問題物件で我慢しろ」という発想が悪徳不動産業者的である。そのような詐欺師の論理が裁判では通用しないことは当然である。

東急不動産の言い訳に対して、原告側(東急不動産だまし売り被害者)は猛然と反論した。その手際は見事であった。悪徳不動産業者は自分達が何に殴られたのかも分かっていないだろう。東急不動産消費者契約法違反訴訟判決は東急不動産に売買代金の全額返還を命じた(東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)。

東急不動産が値引きを証拠として提出したために、東急不動産が期末前の契約で新築マンションを値引きする実態が公になった。東急不動産は自ら値引きするデベロッパーであると宣伝しているに等しい(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、65頁)。

東急不動産東急リバブル黒歴史

東急不動産消費者契約法違反訴訟を軸に東急不動産東急リバブルの黒歴史をまとめる。

リリーベル東陽町サーモス建設地

リリーベル東陽町サーモス建設地についての最初の動きは2002年2月8日である。ハヤタ工業株式会社(大阪市北区)が建設地の土地所有権を売買により取得した。その後、4月2日に康和地所がリリーベル東陽町サーモス建設地を写真撮影した。この時点では5階建ての建物(土井製作所洲崎寮)が建てられていた。この写真は景観計画届出書に添付される。

康和地所は株式会社大京の取締役であった夏目康広が退職後に設立した(1999年2月4日)。井田真介は大学卒業後、約11年間大京に勤めていたが、康和地所設立時に康和地所に転職した(井田真介証人調書1頁)。

康和地所は4月23日にリリーベル東陽町サーモス建設地の土地所有権を売買により取得。康和地所は土地取得に際し、銀行から融資を受けた。土地所有権取得と同時に康和地所を債務者とする根抵当権を設定した。根抵当権者は株式会社東京都民銀行で、極度額2億3500万円である。

耐震強度偽装事件の背景として以下の指摘がなされている。「ほとんど実績がない業者に対しても金融機関 (都市銀行とはかぎりません) が積極的に事業資金を貸付けている現状があり (デベロッパー規模ではなくても、金を貸すから土地を買え、という金融機関からのセールスは多い) 、そこには企業倫理の審査などもありません」(平野雅之「マンション構造計算書偽造の裏側にあるもの」All About 2005年12月12日)。

土井製作所洲崎寮は遅くとも5月28日には更地になった。これは5月28日に撮影されたとする乙第10号証(建設地写真)からの判断である。

リリーベル東陽町サーモス計画

康和地所は2002年6月5日に近隣説明を開始したとする(乙第6号証、未確認)。担当者は井田真介である。井田が最初に隣地所有者にマンション建設を説明した時点では、階数も決まっていなかった。隣地所有者は隣地作業所の建て替えを説明する。これ以前に井田は隣地所有者に等価交換の提案をしている。井田真介は8月28日に隣地所有者と面談。9月26日にも面談した(乙第6号証、未確認)。

リリーベル門前仲町サーモスの不振

康和地所は2002年8月1日にリリーベル門前仲町サーモスの着工を発表した。リリーベル門前仲町サーモスは32戸、2002年12月中旬販売開始、2003年9月中旬竣工予定。門前仲町と称するが、実際の立地は江東区佐賀一丁目である。施工は大末建設株式会社、企画設計は康和地所株式会社一級建築士事務所、設計監理は株式会社東建一級建築士事務所が担当した。

リリーベル門前仲町サーモスの売れ行きの悪さがアルス(リリーベル東陽町サーモス)建設地売却の原因と示唆される(甲第13号証)。アルス(リリーベル東陽町サーモス)建設地売却は2002年9月30日で、リリーベル門前仲町サーモスの販売開始は2002年12月であるため、実際の売れ行き以前に前評判が悪かったのだろう。

当時、原告は門前仲町に居住しており、原告宅にもリリーベル門前仲町サーモスの広告チラシがポスティングされていた。

康和地所、江東区に紛争未然防止を約束

江東区長と康和地所の間で「中高層建築物の建設に関する覚書」が締結される(2002年6月19日)。「近隣住民と誠心誠意かつ十分に精力的に協議を行い、紛争を未然に防止するよう努めること」(第4条)が規定された。しかし近隣住民との約束事項は何ら履行されず、江東区は欺かれた結果になった。

康和地所は7月7日に江東区役所に近隣報告書を提出(乙第6号証、未確認)。康和地所は7月17日に中規模建築物廃棄物保管場所設置届を江東区長に提出する。康和地所は7月29日に景観計画届出書を江東区に提出。康和地所は8月26日に緑化計画書を江東区に提出。添付写真では5階建ての建物は取り壊されて更地になっている。

康和地所、東急不動産にリリーベル東陽町サーモス建設地転売

康和地所と東急不動産の間で建築確認付土地売買契約締結及び所有権移転がなされる(2002年9月30日)。アルスのプロジェクトは10月から東急不動産住宅事業事業本部の関口冬樹が担当した。関口は2003年3月31日まで担当した(関口冬樹証人調書1頁)。10月22日には康和地所からイーホームズ株式会社に事業主変更届が出される。変更理由は土地売却、変更期日は10月22日、変更後の建築主は東急不動産である。

井田真介、東急不動産窓口として活動

康和地所の井田真介は東急不動産の窓口として近隣との折衝を続けた。井田真介は10月28日に隣地所有者と面談。隣地所有者はマンション建設に関する同意書に調印(乙第6号証、未確認)。

井田真介は11月1日、康和地所にて東急不動産に近隣状況報告及び引継ぎを実施(乙第6号証、未確認)。11月7日には井田真介、関口冬樹、施工会社ピーエス三菱担当者が隣地作業所に工事の挨拶に来る。被告主張によると、ピーエス三菱担当者の名字は柳澤で、営業を担当していた。11月28日には隣地所有者と東急不動産の間に覚書が交付される。

アルス着工(2002年11月20日)

アルスの建設工事は2002年11月20日に着工した。販売時に配布された図面集でも着工日を11月20日とする。しかし東急不動産は裁判では2002年12月に着工したと主張する(被告準備書面2005年7月8日)。着工時期を遅らせて主張することにいかなる意味があるのか不明である。

本体杭着工は12月10日とされる。杭を打つ音がうるさくて、近隣から苦情が出た。井田真介、隣地所有者と面談(乙第6号証、未確認)。

工事工程と季節は密接な関係にある。雨が多い時期にかかる時はコンクリートを流す(打設)日程に余裕を見る必要がある。寒い時期にはコンクリートの養生(乾かす)期間を考慮する。11月は降雨量が少ないため、工事には適している。しかしアルスの場合は11月下旬から工事を開始しており、季節のメリットは活かせていない。工期短縮のために無理な施工がなかったか懸念される。

2002年12月4日

関口冬樹、隣地所有者と面談(乙第7号証の2、未確認)。隣地所有者は関口と会ったことはあるが挨拶程度の立ち話のみである。訪問するとの事前の連絡もなかった。東急リバブルの今井由理子も「関口は隣地所有者と立ち話程度しかしていない」と原告に説明した(2004年9月21日)。

2002年12月16日

東急不動産は江東区長に緑化計画変更届、中規模建築物廃棄物保管場所設置届を提出する。

クオリア門前仲町マンションギャラリー

アルスは2003年2月中旬に販売を開始した。クオリア門前仲町マンションギャラリー(東京都江東区門前仲町1-6-12門前仲町MAビル)を販売事務所とした。2002年12月頃にアルスの販売Webページが開設される。2003年1月頃にアルス販売準備室がクオリア門前仲町マンションギャラリー内に発足していた。クオリア門前仲町マンションギャラリーは2003年6月頃に東急門前仲町マンションギャラリーに改称される。

クオリア門前仲町マンションギャラリーは門前仲町駅前にある。商業ビルの一区画である。木場及び東陽町駅を最寄り駅とするアルス現地とは一駅又は二駅離れている。クオリア門前仲町建設地とは駅の反対方向であった。購入検討者に「なるべく現地に赴かないで下さい」と言わんばかりの立地である。

その名の通り、クオリア門前仲町マンションギャラリーは、クオリア門前仲町(江東区富岡一丁目、2003年3月竣工)の販売拠点・モデルルームであった。モデルルーム等はクオリア門前仲町のものを転用した。

東急不動産は2月22日にモデルルームを開設したと主張する(被告準備書面2005年7月8日)。しかしアルスのモデルルームはクオリア門前仲町と兼用であり、それ以前からクオリア門前仲町のモデルルームとして開設されていた。

アルスとクオリア門前仲町のモデルルームは普通の商業ビルの一区画にモデルルームが入っている形式であるため、ビルイン型に相当する。これに対し、プレハブ型の形式もある。こちらはモデルルーム専用でプレハブの建物を作る。モデルルームの家具やソファーは低めのものばかりであった。少しでも天井を高く見せたいのだろう。

東急門前仲町マンションギャラリーは10月頃に閉鎖された。その頃になってもアルスは完売しておらず、現地でアルスの売れ残り住戸の販売を継続した。

アルス広告

4月10日、メールマガジン「e生活ニュース」にアルス広告掲載。「上質な住まいには、本物の心地よさがある。素晴らしい日々を味わうよろこび」。
4月17日、メールマガジン「リーズナブルマンションクラブ」にアルス広告掲載。
4月18日、「住宅新報ニュース」にアルス広告掲載。「3方を道路や公園に囲まれた開放感のある立地」。
5月15日、メールマガジン「リーズナブルマンションクラブ」にアルス広告掲載。
7月11日、「住宅新報ニュース」にアルス広告掲載。建設地案内会を紹介。

アルス販売最終期

アルス販売の第二期(最終期)登録受付は2003年4月19日から26日までであった。販売価格は2LDKが2950-3410万円、3LDKが3440-4110万円。販売戸数は16戸で、全27戸なのに最終期で16戸販売するのは売れ行きが悪かったことをうかがわせる。

「新築マンションのチラシを見るときは、「総戸数」と「販売戸数」をよく見ている。販売戸数が多ければ、それは売れ残っているということなので、値切れるチャンスがあるからだ」(山田真哉、さおだけ屋はなぜ潰れないのか?、光文社新書、2005年、197頁)。

東急リバブルの騙し売り

原告は新築マンション「クオリア門前仲町」検討のために東急門前仲町マンションギャラリーを訪問した(2003年6月21日)。中田愛子が対応し、「クオリア門前仲町は完売した」と告げ、アルスを勧める。これまでの嘘で塗り固めた東急不動産及び東急リバブルの対応を想起すれば、疑いは深まるばかりである。

中田愛子が配布したアルスの価額表では既に多くの住戸が販売済みとされていた。しかし原告が後日、価額表上販売済みとされている住戸の購入者に確認したところ、購入したのは原告より遅い2003年9月以降とのことである。

キャンセルされたのか、それとも原告に売れそうにない問題物件を押し付けるために「販売済み」としたのか。売れ行き好調であるように見せるために、虚偽の「販売済み」「成約済み」の表示を掲げることは悪徳不動産業者の手法として紹介されている。

「全戸完売をうたっているマンションでも、実は売れ行き不振を隠すために自社保有にして完売を装っているケースが、とても多い」(橋本一郎、サラリーマンでもできるマンション投資・家賃収入で儲ける極意、明日香出版社、2004年、116頁)。

「実際には売れていなくても「こんなに売れてるんです。早くしないといい部屋はどんどん売約済みになっちゃいますよ」と客にプレッシャーをかけ、放っておくと売れ残ってしまいそうな人気薄の物件に客を誘導している可能性がある」(河北義則『3年間、家を買うのはやめなさい!』ダイヤモンド社、1999年、208頁)。

モデルルーム見学

原告は家族とモデルルームを見学した(2003年6月22日)。「マンションや一戸建てを買う場合に大事なのは、一人で物件を見に行かないということです。できれば夫婦二人で、あるいは親子で、あるいは友達と、というように複数の目で見、“一目惚れ”しないように買うことが大切です」(石井勝利『元気の出るマイホーム取得術』総合法令、1993年、47頁)。

中田愛子は契約を急がせた。懐に転がり込んでくるマージンを一刻も早く入手したくて仕方がなかったのだろう。内心では「この手の物件はスパッと勢いで買ってくれないとね」とでも思っていたのであろう。

重要事項説明、契約締結

中田愛子は宅建資格を有していなかったため、重要事項説明は宅地建物取引主任者(東京第145705号)の宮崎英隆が行った(2003年6月26日)。重要事項説明は、わざと面白くないように演出しているようであった。ただ「やりました」という実績を求めているように思えた。変に厳かな雰囲気を醸し出し、質問するのも憚れるように仕向けていた。外から垣間見た人は恐らく「何かの厄除けでもやっているのか」と思ったであろう。重要事項説明直後に契約締結がなされた。契約書上の日付は6月30日である。しかし実際の契約締結は6月26日に行われた。

オプション会(2003年6月29日)

原告は株式会社東急アメニックス・インテリアセンターのオプション会に出席した。東急門前仲町マンションギャラリーにて11時から15時まで開催された。オプション会は割引と書いている割には値段が高めである。比較的高額なものばかり売りつけられる。誰もが新築購入を機にインテリア関係に金を使いまくるとでも思っているかのようである。他人の金はどんどん使わせないと損だとでも言いたげである。

照明は1万円から10万円を超えるものまで。紐で明るさを調節するものから、リモコンや壁のボタンで調整できるものまである。取付費は1000円。立会不要で取り付ける。エアコンは定価25万円が15万円、定価11万5千円が7万9千円、6万9千円。値段が高い製品は省エネ効果が強く、電気代は安くなる。除菌イオンが発生するシャープ製品に人気がある(3割引で17万5千円)。東芝製品もあるが、東芝クレーマー事件や県知事による不買発言があり、避けるのが賢明とのこと。取付費はテープが2万円、カバーが3万円。ネームプレート、カーテン、換気扇フィルター、食器乾燥機も販売する。

商品にはオプションとせず、「最初から付けとけばいいのに」というものも多い。建物の計画時に組み込んで欲しいと思えるものも多々存在した。例えばガラスの断熱フィルムである。粘着している限り効果はあるが、将来剥がれてしまったらまた十数万円の出費となる。二枚のガラスの内側に入れておけば、効果は半永久的である。

ハイサッシを入れておいて、断熱や紫外線対策のフィルムを売るのではなく、ガラスの性能を上げておくのが本来のデベロッパーの役割である。また、ウォークインクローゼットの湿気が気になるなら除湿シートを売るのではなく、空気が流れる仕組みを考えっるべきである。

フロアコーティングを8〜10年でしても、2〜3年後にははげてしまう。生活動線上はすぐ取れてしまう。10年持つのは、床に家具が置いてある場所だけである。そもそもフローリングを張り替えるのとコーティングの値段はあまり変わらない。

原告が東急アメニックスにオプションを注文したのは9月11日である。レンジフィルター19800円、照明器具(山田照明株式会社)71200円、エアコン(ダイキン工業株式会社)177500円を購入する。担当者は遠山信二である。支払総額(消費税込み)は281925円である。支払期日は9月26日までである。原告は9月25日に東京三菱銀行の東急アメニックス当座預金口座に代金を振り込む。

7月4日 東急リバブル住宅営業本部・中田愛子作成、原告宛内入金請求書作成日。
7月12日 アルス建設地案内会。7月13日も行われた。
7月24日 振込金受取書作成日。原告、りそな銀行渋谷支店東急リバブル当座預金口座602863に430万5000円を支払う。内入金支払期日は7月25日である。

不動産信用保証株式会社「手付金等保証証書」交付日。東急リバブルは7月26日に原告宛に送付する。

8月20日 東急不動産宛江東区長・室橋昭「街区符号および住居番号通知書」作成日。
9月3日 東京消防庁深川消防署により、検査が実施される。

2003年9月4日

イーホームズ株式会社、完了検査を実施。山下洋史・株式会社ピーエス三菱東京建築支店工事第二部所長、「建築基準法第12条第3項の規定に基づく工事管理報告書」をイーホームズに提出。

2003年9月6日

東急リバブル住宅営業本部・中田愛子「お支払のご案内」作成日。内入金26万円、新提携事務手数料31500円で、合計29万1500円が請求された。支払期日は9月29日。

入居説明会(2003年9月11日)

原告、管理組合第1期役員(監事)に選任される。

雑な内覧会(2003年9月11日)

住戸内・外の清掃は雑である。何とかギリギリ間に合わせたような感じであった。安普請を隠そうとして、余計酷くなっている。壁・天井のあまりの汚れ・キズの多さに愕然とした。室内は古い地下室のような臭いに包まれていた。室内・ベランダ・外廊下等に明らかに建築資材のゴミ跡や職人達のものと思われる足跡が残っており、非常に気になった。

「雑だな」。建付け、クロスの張り合わせ等、雑なところは枚挙に暇が無い。クロスの仕上がりが、あまりにも雑である。波うっていたり、乾きが微妙なままクロスを貼っている。乾きが微妙な所は、将来的に結露やカビの原因になる。壁紙の繋ぎ目の汚さにも驚かされた。再内覧会ではクロスが酷くなっている箇所も存在した。東急不動産のチェックの仕方に問題がある。

明らかにやっつけ仕事である。「ここをこうするのが面倒で、きっとこのような風にやったんだな」ということが手に取るように分かる。いかに好意的に解釈したとしても舐められているしか思えない修繕跡が存在し、情けない気持ちと悔しい気持ちでいっぱいになった。ちょっとペンキ塗るぐらいで済む箇所とパーツを交換しないといけない箇所くらい、きちんと区別してほしいものである。当たり前のように再確認会を設定するという流れにはほとほと呆れた。

登記

アルスの建物登記は2003年9月16日になされた。登記原因は2003年9月4日新築で、所有者は東急不動産である。東急不動産はこの日を竣工日と主張する(被告準備書面2005年7月8日)。同日、管理組合は預金口座を開設した。

原告所有住戸の所有権保存登記は2003年10月23日になされた。登記原因は2003年9月4日の売買で、所有者は原告である。登記のために原告は東急リバブル提携の司法書士・宮野順功の三井住友銀行深川支店口座に30万円を振り込んでいる(2003年9月22日)。振込手数料は315円である。東急リバブル提携司法書士・宮野順功が原告に登記済権利証・区分建物全部事項証明書を送付したのは2003年11月11日である。

2003年9月18日

原告、東急コミュニティー錦糸町支店の東京三菱銀行当座預金口座に修繕積立基金23万800円を振り込む。振込手数料は315円である。

原告、あいおい損害保険株式会社代理店の東急リバブルスタッフ株式会社に長期所得補償保険料を振り込む。9月26日に東急リバブルスタッフ株式会社スタッフ事業部プロサービス課の野本が原告に領収書・長期所得補償保険契約申込書を送付する。

2003年9月25日

原告、東急リバブルの東京三菱銀行銀行渋谷支店当座預金口座に29万1500円を振り込む。

建物引渡し

建物引渡しは2003年9月29日に行われた。しかし「建物受取証」が交付されただけで、入居はできなかった。東急リバブルが引越しの順番を定めていたためである。同じ日に引越しを集中させることによる混雑を避けることを名目としていた。東急リバブルは指定の引越し業者を利用する住戸を優先的に入居させたため、原告は後回しにされた。実際に入居したのはずっと後の10月13日である。真新しい我が家でいざ生活してみると、工事の不備な点が何箇所にも渡って目に付いてきた。一度気になると、そこばかり視線がいってしまうものである。

2003年11月頃

隣地所有者、隣地作業所の建築確認申請を行う。確認年月日は2004年2月26日である。申請から確認まで時間がかかったのは江東区には申請量に比して担当者が少なく、手続きが遅滞したためである。隣地所有者が電話で催促したこともあった。隣地所有者は2005年秋ぐらいに完成させる予定でいたと話す(2005年12月17日)。

2003年11月10日

東急不動産株式会社住宅事業本部商品企画部カスタマーセンター「アフターサービス補修工事のご案内」作成日。補修工事予定日を12月19日、12月20日とする。補修工事担当会社は株式会社ピーエス三菱である。担当者は山下洋史所長である。これは専有部分についてで、共有部分については管理組合への連絡なく勝手に実施された。

騙し売りの真相(2004年8月頃)

原告、隣地所有者から真相を聞く。燃え盛る太陽。巨人のような入道雲。蝉の声。握り拳。焦げるアスファルト。原告の中で意味の分からないバックグラウンドミュージックが鳴り響いた。否、それは一瞬で限界まで回転数の上がった原告の思考の激しさを表す音であったかもしれない。

原告は絶望という文字を絵に描いたような姿であった。全てが圧し折れて崩れ去ったような気分であった。心臓は凍りつき、肺は一瞬呼吸を停止した。心に黒い穴があき、冷たい大嵐に襲われたように体が震え始める。酷い耳鳴りがして、生きた心地がせず、口の中は血の味がした。身体の力が抜けた。気落ちして呼吸も浅くなり、とても走れる状態ではなかった。息をするのも苦しくてたまらなかった。

眩暈がして気を失いそうであった。快晴の日に生まれたのに、次第に世界が閉塞していき、気付いた時はトンネルの中であったというようなものである。手から物を取り落とさなかったのは、最初から何も持っていなかったからに過ぎない。まるで大災害に見舞われ、身内の安否と明日からの心配で頭がいっぱいのような妙な気分になった。悲嘆の念が言い知れない炎となって原告を捕らえた。

自宅に戻ると原告はソファに座って気を静めようと試みた。落ち着けと自分に言い聞かせた。これからの一連の行動のためには何よりも冷静沈着さが必要とされる。ゆっくりと深く呼吸し、しんとした森の中を歩いているところをイメージした。スキューバダイビングの静寂さを思い描いた。そして物事を順序立てて考えてみようとした。これには成功したとは言い難い。

原告は改めて途方に暮れた。友人を亡くした人が、その実感の湧かない状況に、受け入れ難い思いに戸惑うように。そして泣いた。泣くつもりはなかったが、涙は言うことを聞かず、頬を伝わった。人間の心には短期間でも一心不乱に悲嘆に浸る時間が必要である。それがあってこそ心は次の段階に進むことができる。際限のない苦痛に苛まれて後、心は初めて前進することができる。

泣き疲れると悔しくなり、腹が立った。東急リバブル東急不動産を毒づき、復讐計画を練った。中田愛子と宮崎英隆を殺すことさえ考えた。この日の夜ほど眠れない夜はなかった。

東急リバブルのたらい回し

原告は真相を確認するために東急リバブルに電話する(2004年8月23日)。最初に物件引渡し時に東急リバブルから配布された「緊急連絡訂正版」(2003年9月30日)に記載された番号に電話した。これは関係企業への連絡先電話番号がまとめられたA4一枚の表で、購入者に配布されたものである。しかし「この電話はただいま使われておりません」と無機質な機械音声が返るだけであった。

仕方がないのでインターネットから東急リバブルのWebサイトを検索し、そこに記載されていた東急リバブルお客様相談室に電話をかけた。しかし長々と説明させられた挙句、担当者に折り返し電話させるからと切られてしまった。

中田愛子、宮崎英隆とたらい回しにされる。原告は黒雲のように疑惑が広がっていくのを抑えることができなかった。自分の知らないところで物事が速足で進んでいる世界の中で迷子になった気分であった。原告は何とか真相をつかもうとし、東急リバブル東急不動産は誤魔化そうとした。虚々実々に明け暮れた日々が始まった。

9月7日 原告、国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課に相談。東急リバブルの対応が遅いためである。
9月13日 原告は宮崎英隆の回答が遅いため、東急リバブルお客様相談室に電話する。女性が応対し、「わかりませんから、事業主と直接話して下さい」とたらい回しにされる。最初から責任逃れをしているようでは、企業の信用に関わる対応である。
9月16日 国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課、アルスの紛争について東急リバブルに照会。藤田伸紀お客様相談室長が対応する。

原告、国土交通省担当者から電話を受ける。宮崎英隆から電話を受ける。原告宅を訪問して説明したいとのこと。行政指導により、手のひらを返した対応である。

9月18日 原告、宮崎英隆に電話する。宮崎は9月17日に訪問日を決めるために電話すると約束したが、連絡がとれなかった。
9月19日

東急リバブル今井由理子らの訪問

今井由理子、宮崎英隆が原告宅を訪問した。東急リバブル従業員は陰険な陰謀者めいた目つきを交し合っていた。聞けば聞くほど嘘が並ぶ。話しても埒があかなかった。外国人、特にアメリカ人が「日本人はいつも薄ら笑いを浮かべて、こちらの要求に明確に返答せず、何を考えているかわからない。薄気味悪い信用できない民族だ」と評すことがある。東急リバブル従業員に会った原告の感覚も似たようなものであった。

隣地所有者は「建て替えを説明し、購入検討者に説明することを約束させた」と言い、東急不動産従業員は「知らない。聞いていない」と主張する。しかし、事実は一つしかない。今井由理子と宮崎英隆は東急不動産従業員が「知らない。聞いていない」と言っていることから、隣地所有者が隣地建て替えを説明したとの事実はないと決め付けているに過ぎない。

東急不動産従業員が嘘をついているかもしれない。東急不動産と東急リバブルの共謀による嘘かもしれない。主張が食い違っているのだから、隣地所有者から直接話を聞くくらいの熱意と誠意と細心の注意がなければ問題を起こすだけである。原告は隣地所有者に確認することを二人に約束させた。

9月22日 原告、隣地所有者に隣地の建替えを説明した相手について尋ねる。隣地所有者は康和地所の井田担当、建設会社工事所長、現場監督の三名と答えた。
9月30日 宮崎英隆、原告に電話。転勤のため、担当を下りると一方的に通告。後任の担当を尋ねたが、未定と無責任な回答。プライヴブルー東京からグランディスタ青葉台への転勤が判明する。
10月6日 東急不動産の大島と名乗る人物から、新たに担当者になった旨の連絡が携帯の留守電に入る。原告は、大島とは購入契約から現在まで一度も会ったこともなく、書面でやり取りしたこともなかった。留守電に一方的に担当者と通告してきた大島の非礼と強引さには不快感を覚えた。まともな会社ならば担当者が変われば前任担当者が後任担当者を紹介するための挨拶をするのが普通である。
11月頃 隣地所有者、康和地所に連絡する。井田真介が既に退職していることが判明。
11月15日

東急不動産住宅事業本部・大島聡仁の居留守

原告の契約解除申し入れに対する回答は一向になされなかった。このままでは有耶無耶のまま時が過ぎていく。そのため原告は11月15日、東急不動産回答文書中の大島聡仁の電話番号に催促の電話をした。しかし一度も通じなかった。手紙にはダイヤルインと書いてあるが、大島が出たことはなかった。常に不在を理由に取次ぎを拒否された。大島が何時頃戻るかも教えなかった。居留守ならば、何時戻るか教えられないのも当然である。

一回目は女性が対応した。
原告「原告と申します。アルス301号室契約解除の件で電話したのですが、大島さんはいらっしゃいますか?」
女性「しばらくお待ちください。……会議中で席をはずしています」
原告「何時頃戻られますか」
女性「何時戻るか分かりません」
原告「それならばアルス301号室契約解除の担当者に話をさせてください」
女性「しばらくお待ちください。……大島営業以外、担当はいません」
しかしこれは真っ赤な嘘であった。後日、東急不動産自身が、責任者は林リーダーで、野間課長がその下で担当していると説明している。
そもそも「本人にしか仕事が分からないというのは経営の敗北である。そんなものは経営の専門性でもなんでもない。本人の外誰も知らない仕事からは腐敗が発生する。使い込み、情報垂れ流し、インチキ設計、ごまかし、手抜きなどいずれ劣らぬシステム不全に突き当たる」(奥井禮喜『労働時間とは何か』有限会社ライフビジョン、2006年、47頁)。
数時間後、再度電話をする。また女性が出る。
女性「外出中です」
原告「何時戻られますか」
女性「一時過ぎに戻る予定です」
そこで一時過ぎに三回目の電話をしたが、外出中のままであり、結局連絡を取ることができなかった。連絡がつかない者を担当者とすべきではない。

大島は会っても口を半開きにしてヘラヘラするのみで、未だに一言の謝罪もない。東急リバブルお客様相談室に電話をするが、藤田伸紀お客様室長は「東急不動産は別会社」と主張し、たらい回しにされる。しかし、そもそも東急不動産の担当者と自称する大島聡仁に連絡が取れないために東急リバブルに問い合わせたのである。藤田伸紀お客様室長の回答は「泣き寝入りしろ。屑物件を抱えて住宅ローン破産しろ」と言うに等しい。

居留守は悪徳不動産業者の常套手段である。雑誌では壁に亀裂が発生したマンション購入者の実例が紹介されている。「B氏はデベロッパーに何度も電話するが、担当者は常に不在。折り返しの電話をお願いしても、かかってきたことは一度もない」(「初調査で見えた怒りの声マンション編」日経ビジネス2006年6月26日号36頁)。

11月16日 原告、改めて大島聡仁に電話するが、不在を理由に取次ぎを拒否される。東急リバブルお客様相談室に電話をするが、藤田お客様室長は昨日と同じく、たらい回しにする。東急不動産のコールセンターを尋ねるが、回答を拒否される。
11月19日 大島聡仁は原告に電話をする。しかし、原告が指定した電話番号とは異なる番号に電話をしてきた。
11月22日 原告、インターネット経由で東急不動産に問い合わせをする。
11月26日 原告、東急不動産メールアドレス及び東急リバブルWebサイト問い合わせフォームより、問い合わせを行う。問い合わせ内容は11月22日に東急不動産にしたものと同一である。
11月29日 東急不動産メールアドレスJyutaku_Post@tokyu-land.co.jpから返信。「平成16年11月30日迄に文書にて改めてご回答させて頂きます」。

2004年11月30日

東急不動産回答文書(社印付、大島聡仁作成)作成日。大島聡仁、原告に電話で文書を発送したと連絡。東急不動産回答文書(社印付、大島聡仁作成、2005年11月30日)が原告宅に届いたのは12月1日である。原告は同日中に東急不動産にメールした。東急不動産回答文書には隣地所有者への確認依頼について何らの回答もなかった。そのため、この点を指摘し改めて確認を依頼した。

2004年12月2日

原告、東京都都市整備局住宅政策推進部不動産業課に東急リバブル及び東急不動産の詐欺的商法及び不誠実な対応を訴えた。江東区消費者センターにも電話で相談。消費者契約法により取り消しうると回答。

2004年12月3日

原告、東急リバブル及び東急不動産宛にメール。消費者契約法4条(不利益事実不告知)に基づき、アルス購入契約の取消す。

2004年12月6日

原告、東急不動産取締役社長宛てに内容証明郵便を送付。消費者契約法4条(不利益事実不告知)に基づき、アルス売買契約を取消す。東急不動産には12月7日に到着。

大島聡仁、原告に電話する。「東急リバブル及び東急不動産の担当者で会って話がしたい」。

東急不動産メールアドレスから原告に返信。12月1日の問い合わせについて近日中に文書で通知する。

2004年12月7日

原告、東急不動産にメールで問い合わせ。東急不動産回答文書(2005年11月30日)に対する疑問点をまとめる。

2004年12月8日

東急不動産から原告に手紙が届く。東急リバブル渋谷センター(渋谷東急プラザ)にて経緯を説明したいと記載されていた。東急リバブルお客様相談室藤田室長代理が協議の担当者となるので、不明点は藤田まで問い合わせするようにとも書かれていた。

苦情処理に向こうから出向かず、本社に呼びつける。全国に支社支店・営業所を有しているにもかかわらず、はるばる渋谷まで呼びつけるのは相変わらず無礼な態度である。礼儀を知らない悪徳不動産営業には「こちらからお伺いするのが筋です」との発想は皆無のようである。

普通、協議の日時や場所については相手とあれこれ打ち合わせをしてから決定するものである。それが社会人同士の礼儀である。ほんの数分の手間をかけるだけで、物事はずっと円滑に動く。どうやら東急不動産は社員教育で礼儀作法を全く教えていないか、あるいは居丈高作戦を採用したようである。

加えて水曜日(12月8日)に届いた文書で次の日曜日(12月12日)に来いというのは相手の都合をあまりにも無視している。「東急不動産様が呼びつければ、消費者はすぐに駆けつけろ」とでもいうような態度が感じられる。

2004年12月9日

東急不動産住宅事業本部・大島聡仁が原告宅に電話する。協議の日時を9月12日11時から、場所を東急リバブル渋谷センター(渋谷東急プラザ)の六階会議室と一方的に指定した。

2004年12月10日

東急不動産から原告にメール。原告メール(2005年12月7日)への回答について、12月13日に改めて連絡するとの内容。しかし大島聡仁は、この内容を12月12日に反故にした。

原告はマンション管理センターに東急リバブル東急不動産の騙し売りを相談するが、業務範囲外と指摘される。代わりに不動産鑑定士協会を紹介される。

渋谷東急プラザでの無礼な協議(2004年12月12日)

東急リバブル渋谷センター(渋谷東急プラザ)六階会議室にて協議を実施する。電話で大島は「建物の入口でお待ちしています」と言っていたが、一一時になってもいない。不安の微粒子が原告の心で踊りまわった。自らエレベータで六階まで上がる。エレベータの中は暑く、空気が不足していた。気分が悪くなりそうであった。

渋谷東急プラザでは受付の女性が原告を冷笑と軽蔑の中間あたりの表情で迎えた。人の役には金輪際立ちたくない態度が露骨であった。東急リバブルが気難しげで無愛想とさえ言える受付担当者を雇っていることに驚かされた。原告は見込み客を装いたい誘惑に駆られた。東急不動産の売れ残り物件チバリーヒルズ(千葉リーヒルズ、ワンハンドレッドヒルズ)の購入を検討している世間知らずの小金持ちという役柄はどうであろうか。無愛想な東急リバブル受付担当者が弾かれたように席を立ち、満面に笑みを湛えながらアイスティーを出してくる光景は愉快な見物だろう。

原告は来訪の目的を告げた。
「アルス契約解除の件で藤田お客様相談室長代理と協議に来ました」
しかし受付の担当者は困惑の色を浮かべた。「何も聞いていない」という様子であった。
「それではあなたの上司に会わせてくれますか」
「何故ですか」
「契約解除の件はとてつもなく重要な問題で、何としても話をする必要があるからです。取次ぎを拒否されるのでしたら、私はあなたの上司に会わざるを得ない。話をさせてくれるまでは、ここを一歩も動くつもりはありません」
受付担当者は、これ以上ない「地獄へ落ちろ」と言いたげな表情になると、カウンターから離れていった。
「少々お待ちを。そちらにかけてお待ちください」
「少々」という割には長時間待たされた。東急リバブルには訪問客を待たせる習慣があるようであった。

しばらく待つと、中年の小柄な男性がやって来た。男性の顔にははっきりした挑戦ではないが、どことなくこちらの怒りを誘う大胆さがあった。それは見る者の胸に不快な気分を醸し出す表情であった。闇の深淵から立ち現れた怪物のような目つきをしていた。

原告は男性から忌避すべきものを感じ取った。男性は「こちらへ」と言って原告を案内した。男性が案内する廊下は静まり返って薄暗く、古い時代のトンネルを思わせた。原告の足は上手く運ばなかった。まるで何者かに呼ばれて一歩ずつ海の深みに踏み込んでいく動物のようであった。

この男性についていくことは、得体のしれない野獣の住む穴に入っていくような気がした。 奈落に落ちていくような不安があった。原告は急に自分が肺塵病に苦しむ炭坑夫で地の底に降りていこうとしているような気がした。地の底を越えて、更に奥まで引きずり込まれていきそうであった。腐臭漂う盗賊の巣窟に足を踏み入れる方が、まだ気楽だった。原告は「やむをえない」と自分に言い聞かせ、ついていく。

男性は内股で僅かに足を引きずっていたが、それでも小走りに歩く男性と歩調を合わせるのは一苦労であった。最後には原告は腹の辺りがシクシクと痛み、かろうじて歩いているような有様であった。足がゴムのように頼りなくなっていた。硫黄と塩素のツンとする臭いに混じって腐った果物のような臭いが上がってくる。原告は理由にならない理由で自分に言い聞かせた。「臭い。だが、生ゴミを撒き散らせば自分の部屋だって臭くなる」。進むにつれ、果物が腐るような嫌な臭いも強くなった。まるで腐りかけた獣の臓腑に閉じ込められているような気がした。自分が内側から腐っていくのに、まだ手当たり次第に破壊せずにはいられない、ゾンビのような殺人者の臓腑に。

原告は地下牢のような部屋に通された。照明は低く抑えられていた。壁には絵もなく、何の飾りもない。内装費をギリギリまで削っているのは間違いない。頭上の古ぼけた天井の隅は黒っぽく変色して、そこから細かい亀裂が放射線状に走っている。何となく陰気で不吉な空気が漂っている。空気に色があるとすれば、それは汚れた灰色であった。空気の粒子一つ一つに不快な毒素が付着しているような気がする。

出席者は東急不動産住宅事業本部第四事業部の林正裕、野間秀一、大島聡仁、東急リバブルの栗原眞樹・住宅営業本部事業推進部契約管理課課長、宮崎英隆であった。藤田伸紀・東急リバブルお客様室長代理は欠席した。臆病な人間は直接人と会って対話することを避けようとするものである。何たる腰抜けか。

原告が入室した時、東急不動産従業員らは既に着席していた。椅子に座ったきりで、笑み一つ見せるわけでもなかった。視線だけで相手を窒息させようとしている目つきであった。原告は不法侵入者になった気分であった。原告の臓器を覆っていた不安の小波が、ここに来て壮大な津波に変化し始めた。

原告は狂気の世界に迷い込んでしまったようである。そこは市民が長年慣れ親しんできた世界の裏側にある闇の世界、消費者の常識では語られない世界であった。原告が生まれ育った世界、その遠慮や沈黙、道徳規範や礼儀作法、原告が学び、身を立て、愛そうとした世界は銀河の彼方まで遠ざかってしまった。

出席者は皆、悪徳不動産営業の空気を十分醸し出していた。悪徳不動産営業を絵にして色を塗ったような男達であった。全体的にどことなくおかしなところがあり、胃が引き攣るような薄気味悪さがあった。邪悪な光を放つトカゲのような目。右目の光は好色で、左目の光は貪欲で、口元は俗悪というところである。憎しみの視線が火花を散らしていた。情というものを完全に欠いた顔である。

東急不動産の騙し売りが新聞や雑誌で報道された暁には、東急不動産従業員の写真の中から殊更目つきのよくない一枚が紙面に掲載されることになる。実物の悪人顔を見れば記者達が写真の選択に困ることはないだろう。

おまけに悪徳不動産営業は悪臭を放っていた。その臭いを嗅いだ途端に胸が悪くなり、気が遠くなった。それは腐敗臭のような酷い臭気、古い肉か腐った肉の臭気であった。コロンを使っても悪臭の原因を今一つ覆い隠しきれていなかった。原告は信じられない思いで息を止めた。すぐに呼吸を再開したが、またしても吐き気を催す臭気が立ち上ってきた。死の臭いであった。

第一印象は往々にして最後まで残る。東急不動産従業員らから受けた第一印象は「こいつらは有罪だ」というものであった。第一印象からは狡猾さと欺瞞が溢れていた。自分の妻を崖から突き落とすことさえできそうであった。わがままで尊大で粗野な男たちであった。

悪徳不動産営業は終始テーブルの上に両腕を組むように両肘をついたまま、たまに頬杖をつく。対して原告はまっすぐ座り、どちらが顧客であるか分からない雰囲気であった。

東急不動産の責任者が林正裕であり、その下に担当者として野間課長がいることの説明を受ける。担当者を自称した大島はアルス建設当時、アルスとは無関係であったことが確認された。苦情処理係を偽りの担当者に仕立て上げたのが実態であろう。林正裕は責任者と名乗ったものの、積極的に話し合おうとはしなかった。まるで自分がここにいるのは監督するためで、協議に参加しているわけではないとでも言いたげであった。

野間秀一

野間秀一は東急リバブルの今井由理子がアルスの担当者と説明した人物である。髪を何とか撫でつけようとしたらしく、車軸用のグリースかと思われる油をこってりと塗りたくっていた。蛙みたいな顔をした男である。表情には邪念と毒気がみなぎっており、とぼけた味わいの欠片もない。顔全体が凶暴と険悪の二種類に色分けされていた。

体中の筋肉がブクブクの脂肪に化学変化したような風体をしている。シャツは縫い目が全開になるまで引っ張られ、せり出す腹部を隠そうと絶望的な努力をしているボタンは今にも、はじけ飛びそうであった。「こうはなりたくないものだ」と思わずにはいられない。

大島聡仁

最後に野間の隣に座っていた男が、東急不動産住宅事業本部第四事業部の大島と名乗る。五人の中で一番影の薄い男であった。悪徳不動産営業には珍しいことではないが、チンピラにしか見えない悪相である。風采も上がらず、どうみても新米である。

大島聡仁は感心するほど目つきの悪い男であった。原告が出会った人々の中では最高に魅力のない男の一人であった。人の顔をほとんど見たことがない誰かが、風雨に晒された木材を削って作ったような顔であった。本能的な嫌悪感を生じさせる顔である。口を半開きにした豚そっくりの顔には知性の欠片もないが、東急不動産は従業員に知性を求めていない。

頭の鉢が大きく開いているわりには顎の方が細いため、逆三角形に見える顔立ちの中に心もち吊り上った二本の眉と腫れぼったい感じのする小さな目が並んでいた。目はくぼみ、前歯は突き出し、風格はまるでない。一見、睡眠不足のようだが、一方でどのような光の下でも、どのような時刻でも、満員の賑やかな会場であっても、うつらうつらできそうな容貌である。軽薄を絵に描いてコンピュータグラフィックスで動かしたような男である。

頭部が大きいせいか、肉体が小さいせいかは何とも言えなかったが、その両者がしっくりしていないことは事実である。関節の状態は血管の状態を左右して、血液の循環を微妙に変化させる。静脈の流れが悪ければ頭部や顔面の血液は心臓に戻らずに溜まってしまい、水風船のようになってしまう。外見には魅力的なところが何一つない哀れな男だった。但し本人には自己が他人にどのような印象を与えるかを気にしている様子は見えなかった。奇妙な容貌を個性という名で擁護する軽度偏執症患者である。

もって生まれた特性であり、こればかりは真似のきかない代物である。恐ろしく高度な高飛び込みを真似ようとするのに似ている。勇気を振り絞って飛び込み台の端まで行くが、それで終わりである。ペタリと座り込んでベソをかくのが関の山。はっきりいって話しにならないという印象を受けた。

大島は道化役でさえ務まりそうにない。他人の靴の泥を拭くことさえ相応しくない。ヘドロの中を這いつくばる蛆虫がお似合いである。実験室にいる下等生物のようなものである。つついたら、もぞもぞ動くから、やっと生きているということが分かる。

ヤドカリは自分の身体に合わせて貝殻を選ぶ。大島聡仁も就職先選びにだけは成功したと見える。無責任体質の東急不動産以外では務まりそうもない。騙し売りに対する東急不動産の幼稚な言い訳は後世の歴史家に笑われることになるだろうが、その前に大島聡仁の間抜け面が現世の人々に笑われることになる。

大島聡仁は自分は理解しておらず、人から聞いただけの話を難しいことであるかのように説明するため、言葉の意味が全く伝わらなかった。どのようなことであれ全くの無知であった。大島の回答は全て別の担当者から聞いた話に過ぎなかった。アルスに関して自分で経験したことは何一つなかった。原告がジャブを入れる、大島がかわす、グラブはかすりもしなかった。これだけ何も知らない無関係な人間に担当者を名乗らせているのだから、東急不動産には尻尾をつかまれる心配がない訳である。

大島は醜く口を半開きにしてヘラヘラしていた。悪魔にでも習ったかのような嫌な笑い方である。「ああ言えば、こう言う」で本人は「和やかに話をしようと、努めてそうしている」と屁理屈で正当化するかもしれない。和やかに話をするために努めることは、その場その場を笑って話すことではない。口を半開きにすることでもない。

努めるべきは、その場できちんと対応したり、相手に配慮したり、信頼関係を作ったりすることである。その程度のことも理解していない様子であった。体格以上に脳味噌が軽量級と感じられた。頭の中身は十代のままで年だけとってしまった様相である。

言葉を伝えることは誰にでもできる。しかし言葉の奥にある思いの深さについて、そして何事かを行う能力について、それが及ぼす波紋の広がりについて正確に語ることのできる人は少ない。大島聡仁には、その能力は皆無であった。

「頭の悪い人は、場の空気が読めない。相手の心を推測できない。だから、自分勝手なふるまいばかりをやって、煙たがられる」(内藤誼人『「人たらし」のブラック心理術』大和書房、2005年、17頁)。

東急不動産の開き直りで協議決裂

協議は話し合いでの解決を求める原告の努力も空しく、悪徳不動産営業は責任逃れの言動に終始し、ただただ感情的な怒声で応酬した。どうか聞き間違いであってくれと切実に願う原告を前に、東急不動産は一片の慈悲をも残さず、死神の鎌を振り下ろした。東急不動産の戦略は明確であった。巨大企業の末端にいた無能な従業員がミスをしたとして下手に出るのではなく、一切の譲歩を拒否してきた。

東急リバブル東急不動産従業員に日本語が通じていたかも疑わしい。死んだ目をした連中との禅問答は拷問に近い。本当に自らの責任がないと主張するのなら、自ら説明して責任を果たすべきである。説明責任を果たす前に自己弁護に走るならば説明責任の放棄とみなされて当然である。

協議の場で明らかになった東急不動産の内情は成熟した企業にはほど遠いものであった。特にコンプライアンスの分野は稚拙である。トップ(植木正威社長)の企業姿勢が現れる場面である。東急不動産はアルス建設時には何ら関与していない人物(林正裕、大島聡仁)を出席させたため、建設当時の事情を無視した無責任な放言が繰り返された。

東急不動産従業員らは自らの考えに頑なに固執し、他人の言葉に耳を貸そうともしなかった。威張ってばかり、喚くばかりで何一つまともな話ができなかった。建設的な提案を出すこともなく、針の飛んだレコードのようにリフレインし続けた。とにかく人間としての話し合いができなかった。高みの見物のように人の不幸をはやし立て、あざ笑い、ニヤニヤしながら石をぶつけるような連中であった。

反論のために原告がいかに悲愴な雄弁を振るっても、石のような心の持ち主を感動させることはできなかった。最後は、それまでほとんど発言しなかった林正裕の開き直りと受け取れる発言により、決裂した。冷たく、人間らしい思いやりの欠片もない声であった。「弁護士でも都庁でも裁判所でもマスコミでも、どこでも好きなところに行ってください」。

林正裕の態度は実に愚かしい。火を消そうとして水のつもりでガソリンをかけてしまう人がいる。爆弾を爆発させれば風圧で火事が消えてくれるとでも思っているのだろうか。東急不動産は自ら墓穴を掘って、お経まであげ始めた。部下の前で自分が大胆な人間であることを示したいのだろう。これは度胸のない人間に共通する性質である。彼らは自分が恐れている人達と同じになりたがる。

「「そんなに言うなら裁判でも何でも起こしてくれ」と債務者がひらき直るのは、裁判でシロクロの決着をつけるというよりも、実際上の意味としては「自分は三年間は払わないよ」「どうせ三年間は払わなくて済むんだ」ということなのだ」(山口宏・福島隆彦『裁判の秘密』宝島社、1999年、42頁)。

2004年12月15日

原告、東京都不動産鑑定士協会に相談。「パンフレットで緑道公園への眺望の良さをアピールしている点が重要」と説明された。

東急不動産の課長と名乗る人物が隣地所有者宅に電話する。この人物は野間秀一と推測される。

2004年12月18日

東急不動産回答文書(住宅事業本部、社印付、2004年12月16日)が原告宅に届く。原告は2004年12月21日、東急不動産に反論のメールを出す。しかし東急不動産から何の返信もなかった。そのため12月27日に東急リバブルに問い合わせする。東急不動産宛てメール(2005年12月21日)を添付する。催促しなければ回答しないといことから、やはり本心から謝罪した訳ではないと判断できる。

2004年12月20日

原告、国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課を訪問。東急リバブル回答文書及び東急不動産回答文書を提出する。

2004年12月21日

原告、東京都都市整備局住宅政策推進部不動産業課に手紙を出す。

2004年12月23日

アルス住民間で情報交換。アルス住民は12月27日に東急リバブルの宮崎英隆に電話した。東急リバブルの販売担当者が東急不動産の関口冬樹から、隣地建物の建替えについて説明を受けていたことが判明した。アルス住民は行政書士に消費者契約法違反(不利益事実不告知)及び内容証明郵便について相談する。

2004年12月28日

東急不動産、原告にメール。一方的に回答拒否を宣言した。「回答は差し控えさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます」。東急不動産は、いい加減に目を覚ますべきだ。信用にかかわる問題という認識が必要である。

康和地所プロジェクト事業部野中から原告にメール。「隣地所有者からの依頼内容は、東急不動産への売却時に確かに説明し、継承しております」。

2005年1月6日

原告、警視庁に東急リバブル、東急不動産の宅建業法違反を情報提供。

2005年1月11日

アルス住民が共同で東急不動産の騙し売りについて市役所で法律相談を受ける。原告、東京法務局墨田出張所にて登記簿謄本を取得する。

2005年1月13日

関口冬樹、野間秀一、大島聡仁、井田真介が隣地作業所を訪問。隣地所有者に謝罪する。井田は2004年12月に訪問するとの電話を入れた。隣地所有者が「今来ると怒るぞ。原告に先ず謝るべき」と言ったところ、「それは困る」と立ち消えになった。1月11日に隣地所有者が井田に電話したところ、13日訪問と決まった。

原告、弁護士に委任(2005年1月20日)

声は穏やかだったが、眼光は鋭かった。曲がり角の先まで見通す眼力の持ち主に思えた。聡明なだけなく、熱意に満ち、しかも使命感さえ感じさせ、まさに悪徳不動産業者を懲らしめる正義の味方である。実際、素早い連想力で原告一人では辿り着けなかった筈の真相を見抜いたことも多かった。

「東急リバブルの宮崎英隆から最初の回答が来たのが2005年8月26日。それなのに、今、このように弁護士に会うまで、どうして手をこまねいていたのですか」
「東急リバブルや東急不動産が正真正銘の悪徳不動産業者とは思わなかったからです。いずれは話が通じて誠意ある対応がなされると期待していたのでしょう。東急リバブルや東急不動産に期待した私が愚かでした」
原告は寂しげに答えた。

2005年1月21日

原告、衆議院議員候補者が主宰する「マンション相談会」に相談。弁護士、一級建築士、マンション管理士に東急不動産に騙し売りされたと話す。衆議院議員候補者にメールで相談した際にマンション相談会への出席を誘われた(2005年1月14日)。

原告はゆっくり時間をかけ、理路整然と自分の見解を押し付けないように心がけながら、あらゆる細部に至るまで説明した。相手に騙し売りの確信を抱いてほしかったが、彼ら自身でその結論を下してほしかった。

宮崎英隆、アルス住民に電話。東急リバブルは隣地建替えを東急不動産から聞いていたことが判明。

2005年1月22日

原告、マンション住民、元江東区議会副議長が協議。原告、衆議院議員立候補者の紹介で、ジャーナリストに相談する。

大島聡仁の喧嘩腰

原告代理人弁護士は東急不動産に電話した(2005年1月24日)。大島聡仁が対応。大島は最初から喧嘩腰で全く聞く耳を持たなかった。「裁判所で話します」の一点張りで、一切の話し合いを拒否した。原告は平和を望む。しかし東急不動産が戦争を望むならば、それは東急不動産の問題である。

既に2004年12月時点で判明していたが、訴訟による以外、方法がないことが再確認された。東急不動産を提訴する、それ以外の行動はありえない。動機は補強された。東急不動産の拙劣な対応は立派に果実を結んだ。大島聡仁の喧嘩腰は闇を払う松明の様に、東急不動産を提訴することに原告が感じていた躊躇を綺麗に燃やし尽くした。下手は下手なりに一つの避け難い時の流れを作り上げた。

「訴訟は面倒のようであるが、あれこれ交渉をするよりかえって面倒でない。訴訟は裁判所の手続きであるから、いったんレールに乗ると、紛争の審理は、言い分の整理と証拠の判断だけで、淡々と済んでしまう」(石原豊昭『「詐欺」悪の手口と撃退マニュアル』自由国民社、2004年、227頁)。

「さまざまな紛争の最終解決が裁判所に委ねられ、判決や決定で新しい規範が示される場面が目立った」(山口進「司法の重み増した1年」朝日新聞2005年12月29日)。「水面下での日本的な紛争解決は、不明朗なものと強く批判されるようになってきた」(「紛争決着は裁判で」日経ビジネス2005年8月1日号33頁)。

国土交通省、東急リバブル東急不動産を呼び出す

国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課は、アルスの件で東急リバブル及び東急不動産を呼び出す。東急リバブル・藤田お客様相談室長代理、栗原眞樹、東急不動産・林正裕、大島聡仁が行く(2005年1月28日)。

原告は2月9日の国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課担当者からの電話で、この話を聞く。担当者は「隣地所有者に建替えの意思があったかどうかが判断になる」と述べた。「裁判官が宅建法上の問題があると言ったら処分を検討することになるので、連絡下さい」と原告に依頼した。

山岡俊介氏、東急不動産の詐欺的販売を報じる

アルス契約取消しを巡るトラブルがジャーナリストのWebサイト(ブログ)に掲載される(山岡俊介「東急不動産、東急リバブルが詐欺的販売をしたとして、マンション購入者が近く集団提訴の動き」ストレイ・ドッグ2005年1月30日)。後に提訴についても報道した(山岡俊介「東急不動産側が、マンション購入者に「不利益事実」を伝えなかった呆れた言い分」ストレイ・ドッグ2005年2月21日)。

山岡俊介氏は企業、政治家絡みの事件モノを専門とし、企業不祥事の分野では注目すべき人物という評価を確立している。大手消費者金融業者「武富士」による盗聴事件を告発した人物でもある。武富士盗聴事件は、ジャーナリズム活動への妨害・圧力として盗聴や尾行が組織ぐるみで行なわれ、それを告発しようとしたメディアを、武富士が高額訴訟などの圧力をかけて潰そうとした事件である。著書『銀バエ 実録武富士盗聴事件』では武富士弁護団を実名を挙げて一人一人批判している。

今や東急リバブル東急不動産の陰謀は全貌を曝け出し、世論の憤激の対象となるのを待つばかりであった。世論が怒りに燃えて東急不動産を罰したがる様子が浮かぶくらいである。周囲の人間が一斉に立ち上がり、東急リバブル東急不動産経営陣を指しながら、罵りと呪いの言葉を発している。東急リバブル東急不動産は、ひたすら身を屈して頭を垂れているしかない。

2005年2月4日

マンション住民の代理人、江東区役所にて東急不動産と第一回示談交渉。第二回示談交渉は2月18日に江東区役所にて行われた。第一回、第二回ともに東急不動産側は林正裕、大島聡仁が出席した。

悪徳不動産業者の手口は以下の通りである。極僅かな和解金をちらつかせる。裁判になると着手金が馬鹿にならないことや裁判は長期に及ぶこと等を被害者に脅迫し、泣く泣く和解に応じさせる。金持ちというのは金を送りさえすれば済むと思っている。決して自分の手を汚そうとしない。

2005年2月6日

原告らマンション住民がジャーナリストの取材を受ける。

原告「東急リバブルも東急不動産も嘘ばかりついて話にならない。「裁判所で話します」と言われ、話し合いにすら応じません。東急不動産の希望通り、訴訟にします」
担当者「裁判官が宅建法上の問題があると言ったら処分を検討することになるので、判決が出たら教えてください」
原告「承知致しました」

2005年2月14日

隣地所有者は東急不動産に電話し、国土交通省への報告内容について説明を要求した。大島聡仁が対応した。翌15日、大島聡仁は国土交通省に提出した書類を持ち、一人で隣地所有者宅を訪問する。大島は最初から不機嫌で、最後は無礼なことに辞去の挨拶もせずに帰ってしまった。大島は些細なことで癇癪玉を破裂させる暴力的性向の強い男である。その心は常に卑しい排水溝のすぐ上辺りを漂っていた。

東急不動産を消費者契約法違反で提訴

不動産売買契約の取消及び購入代金の返還を求める訴訟を東京地方裁判所に提訴した(2005年2月18日)。遂に反撃を開始した。遂に一歩を踏み出した。ナポレオンは「作戦計画を立てることは誰にもできる。しかし戦争をすることのできる者は少ない」との言葉を残した。人生は一回しかない。同じ日は二度と来ない。人生の一回性に思いを致せば、うかうかしてはいられない。

かくして原告は訴訟社会の一員となった。原告にとって2005年2月18日は歴史的な日になる。これはスケールの大きな訴訟であり、極めて重要な訴訟である。大々的な訴訟以上に胸をときめかせてくれるものは他には何一つない。

原告が消費者契約法第4条(不利益事実不告知)に基づき、売買契約の取消しを求めて提訴した最大の動機は、嘘で騙し売りを正当化する被告に対し、原告の人間としての尊厳を回復することである。

原告が何より求めているものは、本件訴訟で真実を認定してほしいということである。東急不動産が原告に行った仕打ちを公式の形で記録されることを求めている。最後の審判で「自分は正しかった。東急不動産が騙し売りをした」と宣言して欲しがっているだけである。商売というものは欠陥品を販売したならば売り手は責任を負わなければならない。それが常識というものである。まして家は人生に一度あるかないかの一番高い買い物である。

日本国憲法が保障している「健康で文化的な最低限度の生活」の中でも住宅の占める位置は大きい。住居に不安がなければ、人は何とか暮らすことができる。「日があたらない、風通しが悪い・・・そういう劣悪な環境に住んでいると、健康を害される、そして犯罪の温床になる」(早川和男「耐震偽装事件の"犯人"は貧弱な住宅政策(前編)」マンション新時代、日経BP社、2006年3月30日)。

嘘をつく業者が多ければ、自己責任を果たすことは不可能である。正しい情報開示が求められるのは、このためである。「騙される奴が悪い」「騙される奴は住宅ローン破産して当然」と言わんばかりの東急リバブル及び東急不動産の詐欺的商法を放置してはならない。

絶望は全く感じなかった。むしろ、これからはじめる戦いが待ち遠しかった。これほどリラックスできたのは久しぶりであった。今夜はたっぷり寝られそうである。正義は原告にある。原告は正しい側にいる。そして勝利を手にするだろう。負ける筈はなかった。裁判官に訴える要素はクジラの胃袋を満たすほど存在していた。

しかし油断はしなかった。東急不動産が、いかなるアンフェアな手を使ってくるか知れたものではない。相手はインターネット上で悪評の多い悪徳業者である。時間稼ぎや引き伸ばしを得意とする弁護士を大勢抱えているだろう。何しろ、それで飯を食っている連中である。

林正裕らの平謝り

東急不動産の林正裕と野間秀一が隣地所有者宅を訪問する。国土交通省に提出した報告書記載の文面「資金調達ができない」をすぐに訂正すると平謝りした。
林「迷惑をかけて申し訳ないが、隣地所有者さんが間に入れたら入ってくれませんかね。原告さんにも示談にしたいと隣地所有者から言ってくれませんか」
隣地所有者「考えておきます」

不思議なことに原告が提訴した日に示談の依頼を行っている。原告の提訴の動きをどこからか察知して慌てたのであろうか。消費者からのクレームを放置する東急不動産の姿勢が今回の事態を招いたことを、肝に銘じるべきである。問題は先送りしてもよい結果は出ないものである。未来を予測せずに現実を処理しようとするのはおこがましい。

本人に対しては「後は弁護士でも都庁にでも、どこでも好きなところに行ってください」とタンカを切っておきながら、矛盾した態度である。本人は無視して別の人から話を進めようとする。どのようなことでも、こそこそ進めるのは不信感を呼ぶだけである。特に日本は根回し社会と言われるほどである。綿密に事を運ぶことは微妙な状況下では非常に重要である。話す順序を間違えれば、それだけでまとまる話もまとまらなくなる。

「結果を出すということは、プロセスを遂行するということです。プロセスの質が悪いのに結果だけが良質のものになるわけがありません。常にひとつひとつに対して、手抜きをしないという意識を保ちつづけることが、プロとしての姿勢になるのです」(村田修『SE・IT技術者研修標準テキスト』技術評論社、2003年、88頁)。

2005年2月28日

原告、公益通報支援センターに通報。東急不動産の不誠実な対応をまとめた論稿「買ってはいけない東急不動産」を出版賞に応募する。

被告答弁書

東急不動産は2005年3月11日に被告答弁書及び訴訟委任状を作成した。提訴が2月18日であることを考えると、随分遅い対応である。2004年12月の渋谷での協議の席上で林正裕や野間秀一は既に「弁護士に相談している」と発言していたにも関わらず、である。答弁書と訴訟委任状の作成日が同じであるのも不思議である。

東急不動産は三人の弁護士(井口寛二、野村幸代、上嶋法雄)に委任する。大手の上場企業となれば、担当部署や専門分野毎に何人もの弁護士と顧問契約を締結している。重要な事件を任せられる者から単なる法廷担当まで順にランク付けがある。

2005年3月16日

東急不動産から隣地所有者に国土交通省に提出する訂正文がFAXで送付される。「一部訂正とお詫び申し上げます」と書いてあるのみで、資金調達困難については訂正されていなかった。隣地所有者は東急不動産(大島聡仁)に電話で抗議した。しかし誠意ある対応はなされず、3月18日、3月22日も電話した。

第一回口頭弁論(2005年3月23日)

緑道公園の木々は幼い葉を付け始めていた。外の景色は季節の移り変わりを見せていたが、原告の心には春の訪れの兆しはない。この日の朝食はカツサンドにした。カツと勝つをかけるというゲンかつぎでメニューを決めた。

法廷に向かう原告は、決闘の約束にでも急いでいる気分であった。今まさに襲いかからんとする捕食動物のように戦いに向かう原告の全身には緊張と興奮がみなぎっていた。全身の血液が大量の酸素とアドレナリンを脳細胞の末端にまで送り込み、細胞レベルのシナプスは発光しそうなほど活性化していた。正義の殿堂は「ようこそ、戦場へ」と語りかけているようであった。原告の心臓が激しく喉仏を打ち鳴らした。ぐっと息を飲み、重い鉄の取っ手を回し、原告は法廷に足を踏み入れた。しかし東急不動産側は不誠実にも欠席した。

同日、東急不動産はマンション住民の代理人と江東区役所にて第三回示談交渉を実施した。マンション住民の代理人の再三の要求で開催したものである。第一回口頭弁論には結成する一方で、持参交渉には出ている。東急不動産は不誠実極まりない会社である。東急不動産の林正裕、大島聡仁が出席した。東急不動産が一方的に前言を翻し、交渉は決裂した。


クオリア門前仲町

ここでは東急不動産騙し売り訴訟に名前が出てきたクオリア門前仲町についてまとめる。クオリア門前仲町(江東区富岡、2003年9月竣工、総戸数65戸)の第一期登録受付は2003年1月25日から2月1日までであった。販売情報は以下の通りである(2003年4月18日時点)。

交通 営団地下鉄東西線、都営地下鉄大江戸線「門前仲町」駅下車徒歩4分
販売価額 1750.0万円〜3860.0万円
間取り 1R、1K、2LDK
専有面積 25.29平米〜56.82平米
敷地面積 507.94平米
総戸数 65戸
所在地 東京都江東区
建築(建物)面積 348.41平米
建築延床面積 3,395.41平米(容積対象外部分520.81平米)
構造および階数 鉄骨鉄筋コンクリート造地上13階建 1棟
建築確認番号 HP-02-00108号(平成14年8月27日付)
建物竣工予定 平成15年9月下旬
引渡し予定 平成15年9月末日
分譲後の権利形態 所有権
駐車場の施設および設備(費用) 駐車場:敷地内6台(31,000円〜35,000円)、自転車置場:83台(300円)、ミニバイク置場:1台(800円)
管理会社・管理形態 株式会社東急コミュニティー ・日勤管理(週4日)
管理費(月額) 5500円〜12400円
修繕積立金(月額) 2020円〜4540円
修繕積立基金 139090円〜312510円
その他費用 ルーフバルコニー使用料/800円(月額)、インターネットフロントサービス料/210円(月額)、CATV使用料/525円(月額)
施工会社 三井建設株式会社
売主 東急不動産株式会社
販売代理 東急リバブル株式会社

その後、東急リバブル西葛西営業所、クオリア門前仲町10階住戸を売却を媒介する(2006年5月7日)。専有面積壁芯41.32平米の1DKの売値を2640万円とする。月額管理費13,000円、修繕積立金4,000円で修繕積立金がかなり安く設定されている。

クオリア門前仲町マンションギャラリーは派遣スタッフを利用

クオリア門前仲町マンションギャラリーは人材派遣会社「株式会社サン・アクトレス」(中央区銀座)から人材派遣を受けていた。従って販売担当者が正規の従業員であるかは不明である。株式会社サン・アクトレスは以下の東急不動産や東急電鉄、東急リバブル物件にも人材派遣をしている。

新百合ヶ丘レガートプレイス
ル・クール八王子みなみ野
クオリア代々木
クオリア目黒大橋
クオリア銀座
アルス豊島園
アルス鎌倉御成町
アルス武蔵小杉
グランディスタ青葉台
クオリア広尾
アルスたまプラーザD・ヒルズ
プレステージ浜田山シヴェルニー
イルフレッシィ
アルス文京目白台
アルス目黒祐天寺
クオリア恵比寿サウス
アルス勝どきコモーネ
クオリア御茶ノ水
美しが丘西プレイリースクエア(東京急行株式会社/東急不動産株式会社)
アルス代々木参宮橋コートアデリオン
アルス目黒学芸大学 
東急ドエルイディオスあざみ野(東京急行株式会社/東急不動産株式会社)
ウィライブ市が尾(東急リバブル)
ドレッセ青葉台オルコット(東京急行電鉄)
東急ドエル ドレッセ大倉山 (東京急行電鉄)

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