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東急不動産東急リバブル黒歴史2005年

東急不動産の回答放置

隣地所有者は東急不動産に電話をする。東急不動産が送付した隣地所有者宛東急不動産送付状(大島聡仁作成、2005年4月6日)、東急不動産株式会社住宅事業本部「ご報告書」(2005年4月5日)に厳重抗議するためである。林正裕が対応した。「手紙は弁護士が書いたものですので、分かりません。見てから返事を出します」。林は後で連絡すると言いつつ、未だに回答がなされていない。

隣地所有者は2005年5月6日にも東急不動産に電話した。最初は居留守を使ったが、隣地所有者の追及で林正裕が出てくる。林は「自分は部署が違うので関係ないし、よくわからない」ととぼけた。仕事に本当に忠実であろうとするなら、「他の部署だからわからない」ではなく、関係部署と連絡を取り合い調整し、根本的な解決に向けて尽力すべきである。最後は一方的に電話を切った。隣地所有者陳述書(甲第13号証)作成日。

2005年4月12日

井口寛二法律事務所、被告準備書面(2005年4月21日)を原告代理人事務所にファックスする。準備書面は穴だらけであった。井口寛二法律事務所はボスの号令一下、思いのままに動かせる部下を無数に抱えているかもしれない。しかし正義は原告の側にある。向こうが書類戦争を始めたいというのであれば原告にも異存はない。東急不動産を叩きのめすだけのことである。

隣地所有者の話

原告は2005年4月14日、隣地所有者に会う。隣地所有者は「国土交通省に手紙を出すつもりだ」と話した。原告は2005年4月15日も隣地所有者に会う。以下の話を聞く。「国土交通省と東急に対して手紙を書いた。二階住民とも週末会った。示談にしたいというのは非を認めたようなものだ。にもかかわらず「なかったことにしてくれ」というのは不誠実」。

原告は6月8日、隣地所有者と会い、以下の話(2005年3月頃)を聞く。井田から「どうなりましたか」との電話がある。「まだ、もめたまま」と答えると、井田は「早く謝っちゃえばいいのに。隣地所有者が三階建てと言うから、三階までを曇りガラスにしたのにねえ」と言っていた。
隣地所有者「東急不動産は初めに嘘をついたから、それをカバーするために嘘がどんどん大きくなってしまった。今からでもいいから早く謝ればいいのに」
井口弁護士から電話があった時、「国土交通省に提出した報告書は知っている」と言っていた。

第二回口頭弁論

第二回口頭弁論は2005年4月21日10時半から625号法廷で開かれた。被告代理人は三人いるが、出廷したのは井口寛二弁護士のみである。被告代理人が井口弁護士一人であることに対して驚きを禁じ得なかった。不動産会社付きの弁護士という種族は常に複数人で行動するものだからである。どのような仕事であっても、複数人の弁護士でやって来る。彼らは同じ話を聞き、同じ物を見て、同じことを話し、同じメモをとる。その最も重要な職務は一つの仕事で複数人が別々に同じ金額の時間報酬を依頼人に請求することである。

第二回口頭弁論にしてようやく役者は揃い、世紀の裁判の舞台は整った。原告は先ず、相手の足と手と髪を眺めた。品の良さ悪さはとりわけこの三ヶ所に出るものである。どのような汚い手段でも慇懃無礼な態度で実行するように思えた。井口弁護士は服と同じように安っぽい微笑を浮かべながら原告を値踏みするように見つめた。

第一回弁論準備手続(2005年5月27日)

準備手続きは主張の整理や今後の進行について、裁判官が当事者双方と協議する場である。被告には先延ばしにしたがる姿勢がありありであった。裁判の長期化の原因には依頼人からの依頼と同時に弁護士の仕事の馴れ合いもある。本件での被告代理人の態度は東急不動産の引き延ばし戦術そのものである。負ける弁護を引き受けただけあって、うまくやらないと依頼料をとりにくいためか、引き延ばしの努力は惜しまなかった。

2005年5月29日

原告、出版社担当者にメール。6月3日に返信。原告は8月13日、出版社に原稿持ち込み。

アルスに不審者

不審者がアルスと隣地作業所の写真を撮影していたとの情報が寄せられた(2005年6月10日)。不審者は男性二人組で、黒塗りの車で来た。直接アルスのそばまでは来ず、わざわざ遠くのタバコ屋のところに駐車し、アルスまで歩いてきた。

写真撮影後に近隣住民と目が合うと、不審者は誰も見ていないと思っていたのだろう、ギョッとしていた。近隣住民が「写真を撮っていましたよね」と話しかけると、不審者は「撮っていない」ととぼけていた。

近隣住民がなおも追及すると、あっさり前言を翻し、「買うつもりだ」と弁解した。アルスの居室が売りに出されている訳でもないのに、である。不審者の正体が何であるにせよ、彼は賢くはないようである。

本件訴訟との関連は不明であるが、東急不動産側が証拠写真を撮影した可能性はある。泥棒による下見の可能性も有るため、近隣住民はナンバーを控えて管理人に連絡したという。いずれにしても住民にとって不愉快かつ不気味な出来事である。

東急リバブル東急不動産を告発したジャーナリスト宅が放火される

2005年7月3日午前4時10分頃、東京都港区高輪のマンション2階にあるフリージャーナリスト山岡俊介氏(45)方から出火、玄関の床や壁などを焼いた。室内の照明器具は溶け、もっとも火元から離れたベランダ側の窓上に設置されていたクーラーも大きく変形した。

山岡氏が部屋で映画を見ていると、ドンドンと玄関扉をたたく音がし、見に行くと直径1m高さ1.5mほどの火柱が吹き上げていた。ほどなくパトカー、二台の消防車が到着。消防隊員がホースで放水しようやく鎮火した(山岡俊介「本紙・山岡宅放火、報道以上の被害」ストレイ・ドッグ2005年7月5日)。扉の牛乳ビン受けを壊して空間を作った上で、発火物を投げ込むことによる放火と考えられる。

山岡氏は企業犯罪などを取材するフリージャーナリストで、大手消費者金融「武富士」盗聴事件の被害者にもなった。最近では東急不動産、東急リバブルの詐欺的商法を告発している(山岡俊介「東急不動産、東急リバブルが詐欺的販売をしたとして、マンション購入者が近く集団提訴の動き」ストレイ・ドッグ2005年1月30日、「東急不動産側が、マンション購入者に「不利益事実」を伝えなかった呆れた言い分」ストレイ・ドッグ2005年2月21日)。

山岡氏には執筆中だったある企業の金銭疑惑に絡み「執筆を辞めろ」などと圧力があったという(「武富士盗聴の被害者宅で放火?玄関焼く」東京新聞2005年7月4日)。「私はこんなことでは怯むつもりはない。今後も取材、執筆は変わらず続けるつもりだ」と語る(山岡俊介「本紙・山岡自宅、早朝放火される。これは、言論に対する明らかな挑戦だ」ストレイ・ドッグ2005年7月4日)。

「山岡俊介さん宅放火か 武富士盗聴事件の被害者」河北新報2005年7月3日
「フリージャーナリストの山岡さん宅で火事、放火の疑いも」2005年7月3日
「武富士による盗聴被害のフリー記者、玄関先で不審火」読売新聞2005年7月3日
「放火:ジャーナリストの山岡さん宅 雑誌など焼く 東京」毎日新聞2005年7月3日
「「武富士」盗聴被害のジャーナリスト自宅、放火の疑い」朝日新聞2005年7月3日
「武富士盗聴事件の被害者宅で放火か」サンケイスポーツ2005年7月4日

被告準備書面(2005年7月8日)

東急不動産は「株式会社康和地所」と記述する(被告準備書面2005年7月8日)。これは康和地所株式会社の誤りである。ビジネスパーソンにとっては常識であるが、前株と後株が違うと全く別物になる。東急不動産は取引相手の社名も正確に記述できないことを示している。ビジネスでも、スポーツでも、まずは基礎ができていないと、一流になることはできない。逆に一流の人ほど基礎がしっかりできているものである。

第2回弁論準備手続(2005年7月15日)

被告から初めて証拠が提出される。被告が証拠を作成した裏で、数々の不正が行われていたであろうことを原告は身体全体で感じ取っていた。裁判に勝つためとはいえ、不正の数々を尽くしている実態に直面して原告は暗澹たる気持ちになった。腐りきった会社である。東急不動産の悪事は許される範囲を大きく逸脱している。

出席者は原告、原告代理人、井口弁護士、関口冬樹、東急不動産従業員(氏名不詳)。東急不動産従業員は、何も知らない大島からアルス担当者であった関口に代わり、もう一人の従業員もより年配になった。東急不動産が本件訴訟に対し、より真剣に対応するようになったと評価できる。

但し話すのは井口弁護士だけで、東急不動産従業員が石のように押し黙っている点は以前と変わらない。東急不動産従業員は一言も話そうとしなかった。それが原告の不信感の根に肥料を注いだ。話すことは意思を表明し、共通の表現と理解の場を所有することである。無言の悪意ほど、圧迫感を覚えるものはない。

関口冬樹

原告が関口冬樹と会ったのは今回が初めてである。関口は名乗らなかったが、原告は関口の写真を見たことがあったため、関口と認識できた。アルスの担当者でありながら、今日まで購入者の前に姿を現さないこと、姿を現しても自己紹介すらしないことに東急不動産の不誠実さを改めて確認できる。

関口は何とも空虚で実体を感じさせない男である。若い顔であったが、早くも老いが忍び寄っていた。生まれた瞬間から快活さをなくしたような陰性の人間で、いつも不満げな顔をしている。覇気がないようにも怠惰に流れているようにも見える。企業という傘の下で典型的な「右へ倣え」の人生を歩んできた臭いがプンプンと漂っていた。

眼鏡はレンズが分厚く、汚れていた。目の底には暗い輝きが感じられる。熱もなければ、愛もなく、生温い泥沼に首まで浸かっている印象であった。関口に対する印象は風船の虚ろさであった。弾けた後には何も残らない。夢遊病者を連想させる虚ろな目つきが、その存在感さえ希薄なものにしていた。私生活を日記につけたら、恐らく薄いノートでも三年間はもつであろう。鉄格子のはまった閉鎖病棟で壁を相手に呟いているのが似合っている。但し口を半開きにしていない点では大島聡仁よりは、まともに見える。

抗日有理、愛国無罪

次回の第3回弁論準備手続は本来、8月中に行われるものであった。しかし東急不動産代理人の井口寛二弁護士が中国を訪問するために、9月とされた。井口寛二弁護士は日中法律家交流協会の行事で8月22日から9月2日まで中国を訪問するという。自分の名声を上げることを優先する。自分を目立たせるパフォーマンスしか頭にないような弁護士には不快感しか感じられない。自己顕示欲は周りから見たら恥ずかしい醜態以外の何でもない。現在のところ、東急不動産の引き伸ばし作戦は奏功している。正当な主張を持たない者が唯一なしうることは時間稼ぎのみである。

わざわざ反日デモが起こるような国に行くこともないだろう。中国は「抗日有理(反日有理)、愛国無罪」のスローガンで暴力を正当化する反日デモが起きた国である。中国の若者達は、日本は第二次世界大戦中の中国国民への行為を反省していないと批判する。にもかかわらず、首相の小泉純一郎が靖国神社に参拝し、国連の安保理常任理事国になろうとし、歴史教科書で日本軍の行為を正確に生徒に教えていない、と主張する。

だから日本政府に反省を求めるためにデモを行うのは正しいと言う。日本大使館に投石し、日系企業を襲撃して店を破壊することは全て愛国心から出た行動であって、罪に問われるべきではないとの論理である。暴徒はガラスが割れる度に歓声をあげ、「反対小日本(日本の蔑称)」「日本製品不買」と叫ぶ。

2005年7月18日

原告、窓の大きさが設計図と異なり、区々である点について、東急アメニクスに問い合わせ。

2005年8月14日

原告、東急コミュニティーに問い合わせ。居住者に配布された管理規約に空欄があり、正しい管理規約になっていない点について尋ねる。

2005年8月23日

被告、証拠説明書(2005年7月15日)、乙第5号証、乙第7号証の差し替え版を送付する。

2005年8月28日

マンション管理コンサルタント、原告にメールする。

2005年9月1日

東急リバブル渋谷センターマンションチーム、原告宅に不動産買い替えのDMを送りつける。原告は抗議し、謝罪及び個人情報の抹消を要求した。9月2日に東急リバブル株式会社渋谷センターマンションチーム伊藤康幸、原告にメールで回答。個人情報抹消を拒否した。9月3日に原告は伊藤康幸に再抗議。

その後も東急アメニクスパートナー営業部が原告宅に浄水器カードリッジと換気扇のフィルターのDMが送りつけた(9月9日)。騙し売りの被害者に重ねて商品を売りつけようとするとは、東急不動産は悪徳リフォーム業者と同レベルの業者である。原告は東急アメニクスに対し、DM送付を抗議した(2005年9月11日)。

第3回弁論準備手続

第3回弁論準備手続は9月6日16時から3階民事7部書記官室で開かれた。出席者は原告、原告代理人、井口弁護士、大島聡仁、関口冬樹である。東急不動産従業員二名のうち、背の低い方が大島である。東急不動産従業員は常に二人で出席している。東急不動産従業員は一人では仕事ができないようである。東急不動産従業員は一人では仕事ができないようである。

前回いなかった大島が出席した。何も知らず、決定権もない大島を出席させるという点から東急不動産の本件訴訟に対する意識は後退したものと判断できる。手続の場でも関口は多少事情を理解しているように見えたが、大島は全く理解できていない様子であった。無責任極まりない対応をした大島と対面することは原告にとって不愉快なことである。それは生理的嫌悪感の集積であった。

2005年10月1日

原告、不動産流通経営協会に東急リバブル、東急不動産の宅建業法第47条(事実不告知)違反を情報提供。翌10月2日には不動産協会に東急リバブル、東急不動産の宅建業法第47条(事実不告知)違反を情報提供。

第4回弁論準備手続

第4回弁論準備手続きは10月14日11時から3階民事7部書記官室で開かれた。日に日に秋が深まり、季節が確実に移り変わっていることを実感する時期である。原告本人、原告代理人、井口弁護士、関口冬樹が出席した。原告からは現場検証及び人証(隣地所有者、東急リバブル・中田愛子、原告本人)の申出を行う(「証拠の申出」2005年10月3日)。中田愛子は敵性証人である。原告に隣地建て替えを説明しなかったとの原告主張を東急不動産が否定しなかったため、証人として採用されなかった。

被告からは証拠申出書、証拠説明書、証拠(乙第9号証、乙第10号証)が提出された。提出書類は一週間前には相手側代理人事務所に写しを送ることになっているが、被告が原告代理人事務所に送付したのは僅か二日前の10月12日13時頃であった。原告側に内容を吟味させる時間を与えないために、わざと写しの送付を遅らせたものと考えられる。不誠実極まりない対応である。

被告証拠申出書では井田真介、関口冬樹を証人として呼ぶことを申し出た。乙第9号証は、株式会社SHOW建築設計事務所「アルス設計計画の経過について」(金井昭彦作成、2005年10月7日)である。

2005年10月29日

原告、経済産業省関東経済産業局消費者相談室、総務省東京行政評価事務所行政相談課に相談。国民生活センターに情報提供。

隣地所有者との会話

原告は隣地所有者と話す(2005年10月15日)。
隣地所有者「東急不動産は何考えているのかね。早く決めた方がいいのに」
原告「決断する人がいないのでしょう」
隣地所有者「井田は『お金ならば問題はないが、解除は応じられないようだ』と言っていた」
原告「話し合いするならばならば色々な解決策を提示できる、とは裁判官も言っていましたが、井口寛二弁護士は断固拒否していました」
隣地所有者「不動産業者はどこも同じだね。藤和も前田興産も」
隣地所有者は11月5日には「裁判所から呼び出し状が届いたよ。井田に電話したら、自分が証人になることも全く聞いていないと言っていた」と話した。

2005年11月19日

原告、アルスの建築確認を下ろしたイーホームズに問い合わせる。原告は耐震強度偽装問題に絡み、マスメディア各社にイーホームズ関連で情報提供する(11月21日)。原告はテレビ朝日及びフジテレビの取材を受けた(11月23日)。

現地進行協議手続(2005年11月29日)

14時からアルス正面玄関にて進行協議手続が行われた。事実上の現場検証である。原告にとって東急不動産側の人間を自宅に上げることには抵抗があった。アルスの原告宅がゴミ溜めというわけではない。しかし部屋の天井は低いし、家具や調度類はないも同然である。東急不動産側の連中が嘲笑することは確実であった。そもそも東急不動産が販売した物件であるが、彼らはそのようなことを考えたりはしない。そのような連中が訪問時に見せる俗物根性を我慢しなければならないと思うだけでも苦痛であった。

原告側は本人、代理人の他に別の居住者の委任を受けた代理人も立ち会った。本件訴訟の原告は一人であるが、東急不動産の騙し売りの被害を受けた居住者は他にもおり、当該居住者から交渉に委任を受けて、東急不動産と折衝している人物である。

被告側は井口弁護士、大島聡仁が出席した。何も知らない大島を相変わらず出席させるところに被告の本件訴訟軽視の姿勢が看取できる。井口弁護士と大島は別々に来た。最初に到着したのは井口弁護士である。

井口弁護士は原告に対し、唐突に「会社の連中来てる?」と質問してきた。その高圧的で潤いのない声は、うんざりするほど聞かされていたものであった。そもそも原告は代理人を立てて訴訟に臨んでいる。代理人に断りもなく、原告に直接質問するのは無礼の極みである。「原告に直接話し掛けてもいいですか」くらい言えないのだろうか。

原告代理人を蔑ろにする所業である。相手が踏み込んで欲しくないと思う領域を回避するエチケットに欠けている。二人掛けの座席で1.5人分を占拠するような人物である。遠慮や謙遜や慎ましさという美徳をこの世に生まれる時に母親の胎内に置き去りにしたに違いない。

次に来たのは見知らぬ顔ではなかった。見知らぬ顔の方がマシなくらいであった。嫌悪感を最大限に呼び出させる顔であった。未見の相手に対して追伸文を用いた手紙を送りつけてきた人物である。わざわざマナーに反する行為を行い、原告を挑発する人間である。原告に対して明白な悪意を抱いている人物である。大島聡仁であった。大島は原告らに対して会釈した。相手に会釈するのは、この男にしては進歩したと言うべきであろうか。

しかし、大島の視線には友好よりも嫌悪が勝っていた。屑物件を売りつけた加害者としての謙虚さが欠けていた。いかなる完全平和主義者でも先制攻撃の誘惑に駆られる視線である。小さな目から無言の毒念が放射されていた。両目は炉の中の石炭のように黒々と燃え盛っていた。

イメージとしては、硫黄が噴出す暗い谷間に似ていた。異臭に満ちた赤黒い泡が煮えたぎった泥の表面に弾けて、悪意を噴き出していた。悪念の塊であった。これほど憎しみに満ちた人間の眼差しを原告は見たことがなかった。否、この瞬間まではなかった。同じ地球人とは思えない程である。美しいものは何一つ存在しない。ひたすら醜悪でおぞましいだけである。

大島は普段以上に醜く感じられた。理由は明らかであった。これまでは大島の歩く姿を見ていなかったからだ。大島は歩く姿勢が悪い。首を前に突き出し、背筋を真っ直ぐ伸ばさず、腰を落とし、膝を曲げて歩く。どこかしら雑で端正さを欠く雰囲気が動作の端々からこぼれ落ちる。

頭からは細くて長い触角が出ていて、ゆらりゆらり、揺れているような幻覚がした。原告は思わず目をこする。擬音語ならば「ギトギト」、擬態語ならば「ツルン」。艶やかに黒光りするゴキブリが脳裏に像を結ぶ。

東急不動産従業員は原告宅に上がる時に自分の履物を揃えることもしなかった。履物と言えばチューラ・パンタカ(周利槃特)が想起される。チューラ・パンタカは釈尊の弟子であったが、物覚えが悪く、修行が進まなかった。そのため、特別な修行として「チリ、ホコリをはらう」と唱えながら人の履き物を布で拭き、揃えるという修行を授けられた。チューラ・パンタカは愚直に修行を実践し、遂に悟りを啓いたという。東急リバブル東急不動産には絶対にいないタイプの人間である。

進行協議手続では原告住居(ベランダ、洋室)及び共用部の外階段等を確認した。原告は「元々土地が北側の方が南側よりも高くなっています。マンションの一階部分は地下室マンションのような形になっています」と説明した。

窓を開けると手が届くところに建設中の隣地作業所が迫る原告宅の惨状を初めて目にする被告代理人井口弁護士の表情を原告は注意深く観察した。その取り澄ました顔には何の感情も浮かんでいなかった。「よく見ろよ。お前の依頼人の騙し売りの結果を記憶に焼き付けろ」という台詞をぶつけたやりたくなった。東急不動産だけでなく、この会社の代理人を務めるような品性下劣な弁護士も被害者にとっては憎しみの対象になる。

この期に及んで井口弁護士は「西側の道路はもっと広いと思っていた」「二つの洋室はつながっているものと思っていた」と的外れな感想を漏らした。都合の悪い事実を直視としない姿勢である。物件について間違った知識を有したまま、事実上の現場検証に臨むことは代理人として失格である。大島聡仁のようなアルスの担当でもない人間からしか情報を得なかった自己の確認不足を恥じるべきである。

関口冬樹の遅刻

関口冬樹は何故か進行協議手続き終了後に来た。関口は進行協議手続きに出席する予定であったが、遅刻したようである。担当者であったにもかかわらず、現地までの道順を知らず、迷ったのだろうか。ウロウロしていた関口は隣地所有者に呼び止められた。

隣地所有者「何であんな陳述書を書くのだ」
関口「すいません」
隣地所有者「俺は建てるといって、東急は了承しただろう」
関口「それは康和地所の話です」
隣地所有者「東急も康和地所も同じだろう。全て井田がやっていたではないか」
関口「井田は東急の窓口です」
隣地所有者「嘘ついて恥ずかしくないのか」
関口「嘘ではありません」
隣地所有者「だったら何がすいません、なのか」
関口「誤解を与えてしまったことに対して、すいません」
隣地所有者「俺のところに、誤解を与えたと書いた文書は来ていない」
関口「……」
隣地所有者「俺は金なかったか」
関口「そんなことはありません」
隣地所有者「階数言わなかったか」
関口「建築確認は下りていませんでした」
隣地所有者「建替えの話をしたら、お前は「三年後がいいですね」と言ったよな」
関口「言ってません」
関口は顔色を変えた。どす黒く変色させた。身に覚えがあるというものである。
隣地所有者「言った。それに対して俺は「三年後まで待てない」と答えた」
関口「言ってません」
隣地所有者「言った言わないの話にして、最低でないか」
関口は言葉に詰まると突然、兵法の極意を思い出したのか、逃げるように去った。辞去の挨拶もしなかった。猟師に追われるタヌキの如くと形容したらタヌキに失礼だろう。隣人達は多大なる好奇心をもって、一部始終を見ていた。

2005年12月5日

原告、国土交通省に再相談。国交省は適切な指導を行うべきである。

第一回証人尋問(2005年12月22日)

証人尋問前日から原告は緊張していた。戦いの前夜となれば百戦錬磨の勇士であっても、何か重苦しい、心を締め付けられるような感じがするものである。戦いの前夜には普段忘れていた数々の事柄が一時に胸によみがえってくる。

裁判も大詰めであるが、山は頂上に近づくほど険しさを増す。尋問では「証人を侮辱し、又は困惑させる質問」は禁止されている(民事訴訟規則第115条)。しかし尋問の場を悪用して被告代理人が原告本人に不当な圧力をかけないか、不安は禁じ得ない。実際、被告側は原告本人の尋問延期という卑劣な作戦に出た。隣地所有者、原告本人の尋問を予定していたが、被告代理人井口寛二弁護士の都合で隣地所有者のみ実施した。原告は「証拠(甲43の1〜4)説明」(2005年12月20日)を提出した。

被告証拠申出書(2006年1月6日)

以前提出した証拠申出書(2005年10月12日)の補充である。原告代理人が被告代理人から受領したのは1月13日である。井田の名前が「信介」となっている。井田の尋問事項は本文中に書かれているが、何故か「別紙証人井田真介氏用尋問事項」が添付され、同内容の尋問事項が繰り返されている。

2006年2月5日

原告、友人から宗教団体幹部を紹介される。原告は裁判の状況を説明する。

被告代理人上嶋法雄弁護士、辞任か

被告代理人、被告証拠説明書(2006年2月8日)、乙第11号証、乙第12号証を原告代理人に送付した(2006年2月6日)。原告代理人が受領したのは翌7日である。6日は日曜日であるので、被告代理人は僅か一営業日前に送付したことになる。証人尋問の前日に送付したのと同じである。原告に十分な吟味、反論させる時間を与えさせない姑息な手段である。

証拠説明書では被告代理人が二名(井口寛二、野村幸代)しかいない。当初から被告代理人に名を連ねていた上嶋法雄弁護士の名前が消えている。東急不動産は名前だけの弁護士に報酬を払うことを無駄と考えて切ったのだろうか。それとも上嶋法雄弁護士の方が屁理屈しか主張できない被告に嫌気がさしたのだろうか。

乙第11号証についての説明では隣地所有者の姓を誤っている。人の名前は人格の基礎であり、人格の象徴である。東急不動産が裁判所に提出する文書において個人の人格を平然と軽んじる企業であることの証左である。自社に不利な事実を証言する証人には敬意を払わなくても良いと考えているのか。弁護士を複数人も付していながら信じ難い対応をする企業である。

被告代理人、当事者尋問を延期して証拠収集

東急リバブル総務課、10時20分に購入条件書(乙第13号証)をファックスで送信する(2006年2月8日)。送信先は東急不動産又は井口寛二法律事務所と思われる。尋問直前に証拠送信を行う東急側のいい加減さを示している。

本証拠は原告本人の当事者尋問において予告なく提出されたものである。原告本人の当事者尋問は本来、12月22日に行われる予定であった。しかし被告代理人井口寛二弁護士の都合で延期となった。被告側は延期期間中に証拠収集していたことになる。井口弁護士は延期の理由を「母の危篤」と説明した。しかし延期の影で証拠収集をしていたとなると、母親の危篤という口実自体が怪しいものに思えてくる。真実ならば親不孝の極みである。

第2回証人尋問は13時半から16時半までの予定で、東京地裁502号法廷で開かれた。尋問はアソシアコーポレーション株式会社・井田真介取締役、原告本人、東急不動産住宅事業本部プロジェクト事業部・関口冬樹の順で実施された。

2006年3月5日

原告はパシフィックセンチュリープレイスに行く。株式会社ヒューザーの本社は2006年1月31日まで本建物の最上階にあった。ヒューザーは姉歯秀次元建築士らによる構造計算書耐震強度偽装物件の建築主である。知人に相談。インターネットから内容証明郵便を出せることを教えてもらう。

2006年3月6日

原告、二級建築士事務所に相談する。

上嶋法雄弁護士、印鑑なし

被告代理人、証拠説明書(2006年3月9日)を原告代理人事務所に送付した(2006年3月8日)。期日の前日に送付する点で不誠実である。相変わらず姑息な手段を使う。証拠説明書には誤りがある。申込金ではなく、申込証拠金である(原告本人調書22頁)。

証拠説明書では井口寛二弁護士、野村幸代弁護士、上嶋法雄弁護士の三名が名を連ねる。被告証拠説明書(2006年2月8日)で名前がなかった上嶋弁護士の名前が復活している。しかし、上嶋弁護士だけ印鑑が押されていない。井口弁護士と野村弁護士の印鑑は押されている。証拠説明書に代理人の印鑑を押すことは必須ではないが、これまで印鑑が押されており、他の弁護士は押しているにもかかわらず、一人だけ押していないことは不可解である。

第5回弁論準備手続(13階北民事7部書記官室2006年3月9日、11:30-)

交互面接方式で実施された。原告側は原告代理人と原告本人、被告側は井口寛二弁護士と関口冬樹と眼鏡をかけた中年が出席した。眼鏡をかけた人物は過去二回の証人尋問時も傍聴席の手前に座っていた。上司の顔色を窺うだけの男にも見える。アルスの建設に関与しておらず、偽りの担当者に過ぎない大島聡仁がいないことは結構なことである。

三人の被告代理人のうち、出廷するのはいつも井口弁護士だけである。耐震強度偽装事件や東横イン偽装事件では有資格者の名義貸しが問題となった。被告代理人として名を連ねる以上は、三人の弁護士が揃って出廷して欲しいものである。井口弁護士は井口寛二法律事務所のボスだが、事務所のボスが一人で訴訟事件を受任することはない筈である。経営者が一つの事件だけに時間と精力を注いでいては事務所の経営は成り立たない。

当事者尋問時とは異なり、被告側の態度は調子良かった。拍子抜けもいいところである。東急不動産の代理人を務めるためには厚かましさという資質が求められるようである。チョビ髭の下で口元をほころばせていた。その上ニタニタと笑っている。普通ではなかった。これほど嬉しそうな顔をするのは底意地の悪企みに酔っている時だけである。何か残忍酷薄な企てを心中に蔵している証拠であった。実際、目は笑っていなかった。冷たい、抜け目のない目のままである。眼光には毒があった。だだっ広い弛んだ顔は妙に邪悪に見えた。

原告は何一つ楽観視していない。日露戦争において日本政府は1905年7月3日に日本側講和全権委員(小村寿太郎外相、高平小五郎駐米公使)を任命し、講和へ向けたポーズをとる一方で、ロシア領サハリン(樺太)を占領した(1905年7月30日)。

悪徳不動産業者には言葉を引き伸ばし、勿体ぶって話すという苛立たしい悪癖がある。まるで自分の考えを表現するのに最も適切な言葉を探している途中であるかのように。間違った言葉を口にして厄介な立場に立たされるのを恐れるかのように。直接的な批判の応酬に比べ、微妙な言葉遣いの変化は目立たない。

東急不動産は自社の利益に反する約束を守るような会社ではない。口先だけの人間が他人から信頼されることはない。ありとあらゆる空約束や将来の展望を並べた挙句、最後には金のために原告の喉をかっさばくのではないか。期待させておいて裏切ることほど相手を傷つける策はない。それもギリギリ限界に近いほどダメージは大きい。

原告も長らく不幸に苛まれてきた人達に共通する痛ましい疑念とは無縁ではなかった。丁寧な説明や説得こそ欠かせない。そのような肝心なことを怠り、頭ごなしに進めるならば相手を硬化させるだけである。原告は警戒心を強めずにはいられなかった。

これまでも東急リバブル及び東急不動産が勿体ぶった態度で時間稼ぎを図ってきた。常に情報の不透明さ・曖昧さを残しておき、追及されると後から屁理屈を作り出す。間違っても謝罪の言葉を聞いたことはない。証拠説明書を前日に送付する不誠実な姿勢が全てを物語っている。状況を何とか打開するために時間稼ぎを図ろうとしたものと考えられる。

原告は東急不動産の不誠実な対応を根に持たないではなかった。単に原告が執念深いということではない。東急不動産従業員のような不誠実な対応を平然と行う輩は信用できないものである。そもそも話し合いを拒否したのは被告側である。林正裕は原告に対し、「弁護士でも都庁でも裁判所でもマスコミでも、どこでも好きなところに行ってください」と啖呵を切った(2004年12月12日)。正反対の態度である。無節操にも方針を転換させたのか、嘘をついていたことになる。

原告は慎重に、何気ない、丁寧な声で話をしたが、それは逆に当事者尋問での井口弁護士に対する怒りを少しも忘れていないことを物語るものであった。当事者尋問であれだけ原告を怒らせた後に話を持ち込む神経が信じられない。背筋が寒くなるようなタイミングである。井口寛二弁護士による屈辱的な尋問で腸の煮えくりかえる思いを味わい、頭から湯気を噴き上げている相手に話をまとめられると思っているのか。

被告の姿勢が時間稼ぎのポーズであるとしても、本気としても不誠実であることに変わりはない。時間稼ぎならば言うまでもない。本気であるとしても土壇場になるまで歩み寄らず、時間を稼げるだけ稼いだ訳であり、目糞鼻糞、五十歩百歩である。東急リバブル及び東急不動産の不誠実な対応は決して忘れることなく、常に心に留めておかなければいけないことである。

「裁判慣れしているうまい当事者は、和解に応じるようなふりをして最終的には壊してしまう。弁護士もそうである。これで時間の空転をはかれるわけであり、裁判をひきのばそうと思う当事者は、この手が使える」(山口宏・福島隆彦『裁判の秘密』宝島社、1999年、33頁)。

2006年3月10日

原告、「アルス引渡しに関する特記事項」の執筆に着手する。情勢の変化に対応した措置である。不意を突かれるのは好きではなかったが、いかなる事態にも速やかに対処しなくてはならない。裁判長期化による資料増大に備え、バインダーを新調する。裁判が終結する頃にはファイルが一部屋丸々埋め尽くす分量になるだろう。チームで戦う体制を維持強化することにより長期戦を戦い抜く方針である。

2006年3月11日

原告の友人、アルス訪問。原告は裁判の状況を説明し、裁判資料のコピーを渡す。悪徳不動産業者の約束はあてにならないと高をくくっていたが、友人をがっかりさせても悪いと思い、原告は明るく振舞った。

原告、隣地作業所で隣地所有者と話す。原告は裁判の状況を説明する。隣地所有者はアルス建設時の話をする。「もし裁判が長引くならばピーエス三菱に確認するといい」と助言を受ける。

2006年3月18日

原告、日本司法書士会連合会に東急リバブル提携宮野順功司法書士の登記費用概算請求について苦情申し入れ。

2006年3月30日

原告と原告代理人、原告代理人事務所で打ち合わせ。交渉巧者は根回しを十全に行うものだが、「これから担当部長に会う」との電話(3月14日)のみであった。契約解消の方針を改めて確認する。東急不動産の騙し売り契約を維持することは正義に著しく反するためである。

原告は東急不動産の不誠実な対応には心底ウンザリしている。東急不動産を相手に駆け引きをするつもりはない。東急不動産と同じやり方でゲームを続けることは、東急不動産に賛同すること、日本社会のモラルを崩壊させた堕落の一部になることを意味する。「原告陳述書(三)」が日の目を見ずにお蔵入りしてしまうことはなさそうである。港に着く前に船から飛び降りるような早まった真似をするくらいなら、徹底的に主張を展開する方が安全である。

2006年4月1日

原告、友人に電話で状況を報告する。

東急不動産、一方的に協議打ち切り

被告代理人、原告代理人に協議には応じられないと通告する(2006年4月4日)。被告代理人から「金額、明渡し期日等の条件を提示せよ」とのファックスが原告代理人事務所に送付されたのが発端である。これに原告代理人が応じ、条件を伝えた(4月3日)。このために原告も予め準備していた。4月1日には原告代理人事務所に作成資料を郵送した(240円)。4月3日には原告代理人事務所にファックスを送付した。

これに対し、被告代理人は「話し合いには応じられない」と一方的に断った。東急不動産の対応は公正ではない。自分の方から申し出ておきながら失礼極まりない。交渉を実務的に詰めようという雰囲気は皆無であった。東急不動産は巷の噂通りの大嘘つきである。

東急不動産にとって協議の申し出が時間稼ぎに過ぎないことを露骨に示すものである。原告側の条件を受けた上で「持ち帰って検討する」と更に時間稼ぎを図ってくることも懸念されたが、東急不動産は我慢できなかったようである。悪徳不動産業者にとってポーズであっても話し合いの姿勢を保つことは至難の業らしい。結局、悪あがきの時間稼ぎは一ヶ月しかもたなかったことになる。

東急不動産は一切の協議の途を拒否したことで、自ら退路を断ったことになる。原告にとって望むところであるが、背水の陣という言葉がある。主張立証には万全を期すつもりである。

第6回弁論準備手続(13階北民事7部書記官室2006年4月7日16:30-)

交互面接方式で実施された。原告、原告代理人、被告代理人、東急不動産住宅事業本部プロジェクト事業部・関口冬樹、大島聡仁が出席した。偽りの担当者である大島聡仁を再び出席させること自体が東急不動産の誠意のなさを雄弁に物語っている。大島聡仁はアルスの担当者として出廷する資格すらない一介の詐欺師に過ぎない。大島と向かい合って座っていることに原告は居心地の悪さを感じた。いつもと微妙に違うソファの硬さに見知らぬ侵入者の気配を感じて落ち着かなくなるような確固たる違和感がある。

一部の大手企業ではコンプライアンスを維持する手段の一つとして、既に心理テストを用いた試験を数種類実施し、それを採用の重要項目にしている。虚偽の担当者にいつまでも担当者顔させておく、東急不動産とは大違いである。悪徳不動産営業を目の前にすると、より直接的な方法で荒ぶる怒りを静めたいとの誘惑に駆られる。野球のバットが一本あれば悪徳不動産営業に二度と騙し売りをさせないようにすることができる。本日は、もう少しでその誘惑に負けるところであった。原告は腹の底からこみ上げてくる激しい感情と戦った。歯を食いしばり深呼吸する。やがて徐々に落ち着きを取り戻した。

被告は委任状では三人の弁護士を付しているが、出廷するのは相変わらず井口寛二弁護士だけである。涙袋が大きく弛んだ目を狡賢そうに細めていた。奇妙な薄笑いを見ると、原告は侮辱されたように胸が締め付けられるのを感じた。その濁声は皇居を見渡せる書記官室の洗練された雰囲気には決して似合わなかった。時々シューシューという音が混じり、まるで毒蛇のような感じがする。

被告側は一方的に協議を打ち切ったにも関わらず、屁理屈を並べて協議を続けようとした。一度吐いた唾は飲まないでいただきたい。東急不動産の腹の内はガラス瓶の中の金魚のように見え見えである。時間稼ぎ目的は明らかである。原告は三秒間ほど考えたが、東急不動産の策略を見破るには、この三秒間で十分であった。

当初の前提とは異なる条件で原告が応じる筈がない。東急不動産の騙し売り契約を維持することは天道に背く。従って所有権を東急不動産に戻すことが正義に適う。原告の請求は東急不動産に物件を明け渡すことであり、何ら得をするつもりはない。原告にとって悪徳不動産業者の汚い金は何の意味もなかった。原告は悪徳不動産営業と異なり、金の亡者ではなかった。飢えている訳でもなかった。原告は正義に仕えるのみである。

被告側の主張は全く話にならなかった。口を半開きにしているだけの大島聡仁を出席させている時点で聞く価値がないことは明白であった。原告が応じる筈のない案を出すのは時間稼ぎのためだろう。狡猾な被告のことである。稼いだ時間で、何かよからぬ企みをしているかもしれない。原告の戦意を喪失させるための被告の策略かもしれない。

原告主張のどの部分を認め、どの部分を認めないかが課題の筈である。元々被告は当初の認否において訴状記載の事実を一切認めていない(答弁書2005年3月11日)。普通ならば争いのない事実は認めるにもかかわらず、被告答弁書では一切言及しなかった。原告と被告の隔たりは、それほどまでに大きい。

売買契約をそのままにした上で物件を明け渡すことは論外である。原告が問題物件を何も知らない第三者に売却するならば、卑劣な東急リバブル及び東急不動産と同レベルに落ちてしまう。被害者が騙した相手である東急リバブルに売買の仲介を依頼することもあり得ない。被害者感情を無視し過ぎている。どこまで思い上がれば気が済むのだろうか。顔にベッタリ、臭い泥を塗られたような感覚になる。被告が認識を改めなければ、まとまる筈がない。そもそも、そのような解決策に先例はあるのか。末端従業員の思い付きではないのか。

東急不動産には交渉のできる、まともな人間はいない。東急不動産は奇妙な感覚やイデオロギーで凝り固まった人達に導かれており、話し合いができる状態ではない。問題物件を売りつけた責任を認めず、誤りもしないのに和解できる訳がない。理を詰めれば逆ギレする連中であり、まともに取り合っても益は何一つない。多くの被害者が後に続くことになる。被告の屁理屈に屈服するつもりはない。

なぜ不正な行動をとった相手に譲歩しなければならないのか。原告は東急不動産に対し、いかなる譲歩もしてはいけない。さもなければ「糾弾」と叫んだところで、ただの泣き寝入りである。原告が一方的に譲歩することは、結局は「長いものに巻かれる」ことを意味する。横暴に屈することを意味する。原告には原告の使命と意地がある筈である。日本社会を蝕む東急不動産の愚かしい物質主義に敢然と背を向けた原告の決断は誇りである。

東急不動産らの買い替え策略

東急不動産及びそのグループ企業(東急リバブル等)は最初から消費者から身ぐるみ剥ぐことを予定していた。全ては計画的な策略であった。東急不動産の悪辣な計画は不利益事実を隠蔽して無価値な物件を騙し売りすることだけではない。無価値な物件と気付いた被害者に住み替えさせることも東急不動産の策略のうちである。最初に嘘をついて騙した以上、一歩踏み出して仲介手数料で儲けても悪徳不動産業者にとっては同じことである。

アルスの販売を代理した東急リバブルは、本件訴訟の係争中に原告に対し、「ご紹介特典のご案内」と題して不動産の買い替えを勧誘するダイレクトメールを送付した(2005年9月1日)。

原告は契約取消を求めて争っている状況にもかかわらず、DMを送りつけることは無神経も甚だしい。まさに「舌の根も乾かないうちに」である。問題解決において感情というものは無視できない要素である。原告は即座に抗議のメールを東急リバブル渋谷センターマンションチーム(伊藤康幸リーダー、SHIBUYAmp@tokyu.livable.co.jp)に送付した。

仲介業者としては、持ち主がコロコロと変わってくれた方が仲介手数料を稼げる。新築購入者がすぐに買い替えしてくれれば儲けになる。なるべく叩いて安く買って、高く売る。ヤドカリの前に貝を置いて、貝替え中の無防備なところを狙ってぱくりと食べる魚がいるらしい。被害者はただ一本ぽつんと立った、今にも倒れそうな老木のように干からびていくばかりである。

抗議メール送信後も、DM送付が止まることはなかった。9月9日には株式会社東急アメニックスから「浄水器カードリッジ交換のご案内」と題して浄水器カードリッジと換気扇のフィルターのDMが送付された。「東急アメニックスパートナー営業部 担当:楠本・森・新倉・佐々木」と記載されている。

東急グループが問題物件を売りつけただけでは飽き足らず、被害者に対し、次々と商品を売りつける悪徳リフォーム業者と同種の業者であることが良く理解できる(次々販売、多重契約被害)。悪質リフォーム業者は騙しやすい人を「まるい客」、騙されて何度も契約を締結する人を「どんまる」と呼び合い、消費者を食いものにしてきた(「「まるい客」「どんまる」 悪質リフォームで共通隠語」共同通信2005年11月14日)。

東急不動産にとって端金を負担することになっても、買い替えならば営業支援費扱いで処理できる。そこには騙し売りの責任を認めるという発想は皆無である。東急不動産は消費者を陥れ、グループ企業全体で、その残骸を奪い合う。まるでライオンが食べ残したシマウマの腸や骨に群がるハイエナのように。ハイエナが食べ残した死骸に群がるハエの幼虫のように。一度でも東急不動産と取引関係に入ることは水溜りに発生しているボウフラの大集団に極上の餌を与えるようなものであった。これほど、いやらしく浅ましい企業に接したのは初めてである。

耐震強度偽装事件の影響

2006年4月後半から構造計算書耐震強度偽装事件が改めて注目されている。一時はライブドア事件(ホリエモン堀江貴文社長の逮捕、永田寿康議員の偽メール騒動)の脇に追いやられていたが、警察・検察の動きがようやく活発化してきた。捜査に半年もかかったことに対しては警察の怠慢と見る向きが多い。但し熱し易く冷め易いのが日本人の愚かな悪癖とされる。忘れた頃にヒートアップさせてくれる点は評価してもいい。

関係者(姉歯秀次元建築士、木村盛好・木村建設社長、小嶋進・ヒューザー社長、内河健・総合経営研究所所長)の疑惑が次々と浮上している。指定確認検査機関イーホームズ(藤田東吾社長)の架空増資(見せ金)疑惑も明らかになり、改めてイーホームズがホットになっている。

「Yahoo!ニュース」では既存の「耐震強度の偽装問題」に加え、新たなトピックス「イーホームズ架空増資疑惑」を新設するほどの力の入れようである。イーホームズ建築確認物件を売却できる状態ではない。平均的消費者の認識は「イーホームズ?どうせグルになって悪いことしているに決まっている」であろう。東急不動産の口車に乗って売りに出さずに正解であった。

2006年4月8日

原告、友人から不動産について相談を受ける。「東急リバブルと東急不動産の物件は避けるように」と助言する。東急リバブル東急不動産を勧めることは血に飢えた狼の群れの中に哀れな子羊を投げ込むようなものである。

原告、団体職員に近況を報告する。

2006年4月9日

原告、錦糸町で久しぶりに知人に会う。「東急不動産にマンションを騙し売りされたので、提訴した」と報告する。

2006年4月10日

原告、東急コミュニティー管理で問題を抱えるマンション住民に連絡する。

2006年4月13日

原告、隣地所有者に裁判の状況を報告する。原告、町会元役員にアルス建設当時の事情を聞く。

2006年4月14日

原告、同窓会に出席。「東急不動産にマンションを騙し売りされたので、提訴した」と近況報告する。

2006年4月15日

原告、知人の勧めにより、東急リバブル及び東急不動産に対する行政処分申立書作成に着手する。

2006年4月16日

原告、隣地所有者から「2003年初めにアルス建設工事で杭工事の騒音がうるさく、井田真介に連絡した」との話を聞く。原告、町会元役員にアルスの町会加入手続きについて話を聞く。

2006年4月17日

原告、原告代理人にファックスする。

2006年4月18日

原告、東急不動産の欠陥マンションを紹介するWebサイトを配布用に印書する。アイフル被害対策全国会議から「行政処分申立書」(河野聡作成、近畿財務局長宛、2005年4月18日)、「アイフルの宣伝広告掲載中止申入書」(河野聡作成、新聞社宛、2005年9月16日)を入手し、参考資料とする。

被告代理人上嶋法雄弁護士、債務整理専門の事務所に移籍

被告代理人上嶋法雄弁護士は遅くとも2006年4月19日までには弁護士法人アディーレ法律事務所に所属事務所が変わった。井口寛二、野村幸代両弁護士は井口寛二法律事務所のままである。

アディーレ法律事務所(豊島区東池袋)は個人の債務整理と中小企業の事業再生に専門特化した法律事務所である。消費者契約に基づく不動産売買契約取消し、売買代金返還請求訴訟において東証一部上場企業から受任するのは相応しくないように思われる。

アディーレ法律事務所では依頼者16名を原告として、消費者金融業者GEコンシューマー・ファイナンス株式会社(旧レイク)を相手取り、東京地方裁判所に約3000万円の返還請求訴訟を提起した(2006年2月13日)。請求内容は過払金、これに対する利息や遅延損害金、取引履歴不開示の慰謝料及び弁護士費用相当額である。

アイフルの業務停止処分に見られるように消費者金融・多重債務は大きな社会問題になっている。問題の背景には複雑な金利規制体系がある。利息制限法で定めた上限金利年15-20%と出資法の上限金利である年29.2%の間が「グレーゾーン」とされ、多くの貸金業者はこの範囲で貸し付け、業績を伸ばしてきた。借り手の多くが払わなくていい筈の莫大な金額を支払っていたことになる。貸金業者に対する過払金返還請求訴訟は大いに求められる訴訟である。

一方、井口寛二弁護士は過払金の返還請求訴訟において貸金業者側の代理人として最高裁まで争った人物である(最判昭和55年1月24日民集34巻1号61頁不当利益金返還事件)。貸金業者の代理人を務めた弁護士の下で働いていた弁護士が、多重債務者の利益を追求することができるか、注目される。

最高裁第一小法廷判決

利息制限法所定利率超過の利息・損害金についての不当利得返還請求権の消滅時効期間が争点となった(最判昭和55年1月24日民集34巻1号61頁不当利益金返還事件、昭和53(オ)1129)。商行為である金銭消費貸借に関し利息制限法所定の制限を超えて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権の消滅時効期間は10年と解すべきである。井口寛二弁護士が上告代理人で、上告が棄却された。

「利息制限法所定の制限をこえて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権は、法律の規定によって発生する債権であり、しかも、商事取引関係の迅速な解決のため短期消滅時効を定めた立法趣旨からみて、商行為によって生じた債権に準じるものと解することもできないから、その消滅時効の期間は民事上の一般債権として民法167条1項により10年と解するのが相当である」。

「弁護士たちは自分の負けを認めたくないのか、あるいは無知な依頼人から上告着手金をふんだくるためか、おそらくその両方だと思うが、なんでもかんでも最高裁に上告してくる」(中嶋博行『司法戦争』講談社文庫、2001年、84頁)。

2006年4月19日

原告、マンション管理士に裁判の状況を報告。

2006年4月22日

原告の運勢は以下の通りである。「リスクを恐れて弱気になったり、優柔不断な態度では何も手に入りません。積極的に攻めに出てこそ仕事も恋も成功します」。

怪文書

原告は知人から怪文書が出回っていることを知らされる。怪文書は有り余る時間を持て余した大人の作品とすれば劣悪極まるデザインであった。肩越しに母親から指導を受けながら子どもが作成したとすれば、かなり優秀な作品と言えた。

ここまで来ると信頼関係も何もあったものではない。マンション住民を収拾がつかないほどの泥沼状態、恨みつらみの地獄絵状態にすることが目的であろう。東急不動産や東急コミュニティーが配布したという証拠は一切なかったが、話は面白いし、住民達に繰り返し語られていたから、真実と受け止められていた。

状況にもぴったり符合していた。東急が火元だからこそ、このような非常識なことが実行できた。極めて見易い道理である。東急側も、それが原告に見抜かれることを予想しないほど愚かではない。つまり原告が火元を見抜くのを百も承知の上での怪文書配布となる。怪文書の形をとった圧力であり、嫌がらせである。東急の陰謀はたっぷりと潤色され、驚くほど素早く、近隣一帯に広められた。噂が噂を呼び、拡大再生産された。人々が動揺している時、最悪の噂が最も力を持つのは、どの時代にあっても奇妙なことではない。

原告は悲しげな微笑を浮かべて言った。「哀れな奴だ。金を少し握らせたら、父親に対してもこのような真似をすることだろう」。原告が感じたのは驚きよりもおぞましさであった。卑怯極まりない攻撃は原告の態度を一層硬化させ、問題解決を遠のかせることは確実である。「孟子曰く、人の不善を言わば、当(まさ)に後の患(うれ)いを如何すべき」(人の悪口をむやみに言えば、後の仕返しをどうするつもりなのだろう)。

他の東急不動産や東急コミュニティー関連トラブルでも怪文書が撒かれたという話はよく聞く。インターネット掲示板にも「住人を誹謗中傷するビラが近隣100世帯以上にばら撒かれています」と投稿された。

原告への脅迫

これまでにも原告は「殺してやる」「手を引かないと東京にいられなくなるぞ」等の脅迫や無言電話の嫌がらせを何度も受けていた。無言電話は夜中に起きているのか、寝ているのか、二十四時間の行動パターンを探っているかのようにかかってくる。留守電に電話を切った後の「プープー」という音や延々無言のまま録音されていたこともあった(雑音は聞こえる)。犯人の正体は不明である。しかし原告はコソコソ隠れるような人物ではない。荒っぽい敵を相手にすることは最初から想定済みであった。ウィンストン・チャーチルは「危険が、身に迫った時、逃げ出すようでは、駄目だ」と言っている。

脅迫は五月雨式になされ、個々の脅迫には一貫性が見られなかった。ちょうど原告が東急リバブル・東急不動産の各部署にたらい回しにされ、部署間の連携が全く取れていないにもかかわらず、その場しのぎの対応をされた状況と似ている。恐らく全体的な統制は取れていないのであろう。

とはいえ計画性や一貫性がなくても突発的な犯意が生じる可能性は否定できない。刑事司法では計画的な故意の方が量刑は重いが、被害者にとっては怒りのままに何をしでかすか分からない連中の方が恐ろしい。原告は内幕を暴露する原稿を書き上げていた。そして自分が時ならぬ死を迎えた時は速やかに公表されるように手配してあると公言している。数日遅れで爆発する時限爆弾である。それで吹っ飛ぶのは東急リバブル東急不動産である。

興信所

原告は興信所に怪文書の調査を依頼した(2006年4月24日)。紙の種類や使用されたフォントから犯人像を絞り込むことができる。文書を丹念に調査すればどのようなソフトウェア(ex.パワーポイント)で作成したか、どのプリンタで印書したかを推定することができる。正義を全うするためとあれば万策を尽くさなければならない。

「ところで、一つアドバイスさせてくれ。結婚指輪を外すんだ」
「えっ?」
「聞こえたろう。指輪を外せ。これから悪徳不動産業者を敵に回すことになるんだ。なるべく自分のことを知られない方がいい。信じてくれ。悪徳不動産業者にいかなる情報を与えるにしろ、たとえいかにちっぽけなものでも、それを何とか悪用して君を陥れようとするだろう」
「分かりました」
「くれぐれも気をつけるんだな。東急リバブル東急不動産に死ぬほど勝ちたがっているのは分かるが、騙し売り事件に君の人生まで乗っ取られないようにしないと」
「もう手遅れですよ」

東急不動産の駄々っ子な理屈

被告代理人は原告側に「話し合い解決の意欲をなくした」と通告した(2006年4月27日)。まるで駄々っ子のような理屈である。被告は原告側に甘えているのではないか。幼稚であり、かつ極端すぎる。東急不動産には一般常識が通用しない。大人の会話ができない会社である。自暴自棄になって何もかもぶち壊しにかかるのは小児の行為である。東急不動産は明らかに小児であった。

被告は「意欲をなくした」と発言するが、そもそも最初から意欲が存在していたか疑わしい。被告側は第5回弁論準備手続(2006年3月9日)で協議に応じる姿勢を示した。この場では枠組み(前提条件)が話し合われ、井口弁護士は「いけるかもしれない」と応じた。原告側が被告側の求めにより、具体的に条件を伝えたところ、一方的に「応じられない」と通告したのは被告である(2006年4月4日)。この時点で終わっていてもおかしくなかった。

第6回弁論準備手続(2006年4月7日)になると、東急不動産は第五回弁論準備手続で話し合われた枠組みとは全く異なる条件を提示してきた。第六回弁論準備手続には第五回弁論準備手続には出席していない大島聡仁が出席していた。前回の話を知らない人間を出して、都合の悪い合意事項を反故にしようとする卑劣な作戦である。原告側が応じないのは当然である。

東急不動産は裁判にさえ真面目に対応していない。内容のない答弁書を提出し、準備書面や証拠には間違えだらけであった。訴訟手続きでさえ、このような状況であるから、話し合いに期待できないことも自明であった。

悪徳不動産業者は優柔不断で臆病なくせに、嫌に頑固である。否、自分の頭で柔軟に考えて決断するのが不得手だから、優柔不断であり、臆病で、なおかつ頑固なのである。根は同じである。最初から一切の非を認めず、消費者を住宅ローン破産させて幕を引くつもりである。マンションを販売した時点から、そのつもりだったのであろう。

東急不動産の筋違いな非難

原告は東急リバブルに対し、2005年11月21日に従業者名簿の閲覧請求を行った。今井由理子、宮崎英隆、中田愛子の三名分の従業者名簿である。宅建業法では宅建業者は事務所毎に従業者名簿を備え、取引の関係者から請求があった時は閲覧に供しなければならないと定める(第48条)。しかし東急リバブルは原告の要求に何ら答えず、宅建法上の義務を果たさなかった。宅建法上の義務履行を要求したことに対し、「厳しい攻撃」とは恐れ入る。

東急リバブルは何の回答も寄越さないため、原告は11月27日、12月4日、12月15日、2006年1月5日、4月8日、4月15日、4月20日に催促した。協議の遥か以前から要求していたことである。その後に催促がなされたことに対する一切の責任は宅建法上の義務を怠る東急リバブルにある。原告が非難される理由はない。原告は監督官庁の国土交通省にも申し入れた。宅建業法に違反する業者について監督官庁に通告することは市民の神聖な義務である。東急不動産の批判は筋違いである。

そもそも原告が要求したのは東急リバブルに対してであり、東急不動産ではない。東急不動産が関知することではない。個人情報保護法第23条第1項は「個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と定める。この「提供」は、物理的な提供に限定されない。個人情報を見せるだけの場合や、口頭で説明するだけの場合も「提供」に該当する(不動産業における個人情報保護のあり方に関する研究会「不動産流通業における個人情報保護法の適用の考え方」2005年1月)。

東急不動産の不誠実を肯定する態度は、交渉相手にメリットを与えるだけである。一方的にレッテルを貼り、交渉を切るという態度をとれるならば非常に楽である。そのような態度が人を馬鹿にした態度と言える。一方的に決め付けて、話を切れば良いならば誰が得をするか分からないのだろうか。紳士的というのは最低限そのようなことをしないことである。

東急不動産には最初から話し合いで解決を求める意思はなく、時間稼ぎが目的であったと考えられる。原告は東急不動産の意思を理解した。それもそんじょそこらの理解ではない。痛いほど正確な理解である。

話し合いを打ち切る口実を必死に探していたというのが実情であろう。原告の行動をこじつれることができて、内心喜んでいるのではないか。もともと本件訴訟の提起も東急不動産側の要望に原告が応じた結果である。これまで原告は東急不動産の望み通りに動いたことになる。東急不動産からは感謝の意を受け取りたいくらいである。

原告は非常識極まりない相手と交渉しようとしていたことになる。骨の髄を戦慄が走った。明日の期日の結論は明らかであり、原告本人が出席する必要はないだろう。原告は電話やメールで家族や友人に次回期日の結論を先取りして報告した。

第7回弁論準備手続

交互面接方式で実施された(13階北民事7部書記官室、2006年4月28日11:00-)。被告側の出席者は予想通りであった。代理人井口寛二弁護士のニヤニヤ笑いと、両脇にいる住宅事業本部プロジェクト事業部・関口冬樹、大島聡仁の腰巾着が予想通り現れたからといって、それで楽しくなる訳ではない。改めて面と向かうと不愉快さが倍増する。彼らの爛々と輝く目には憎しみと怒り以外、如何なる感情も混じっていなかった。視線で原告を焼き殺そうとしているかのようであった。その目つきは到底言葉では言い表せない。

一昔前のしきたりを現代に持ち込もうとする連中ほど始末におえないものはない。東急不動産の会社内部の屁理屈が社外でも通用すると思っている姿が滑稽である。代理人から筋違いなクレームの件を聞かされていた原告は相手が喧嘩腰で突っかかって来るならば皮肉や毒舌を浴びせるつもりであった。

東急不動産の事前通告通り、協議は決裂し、弁論に戻されることになった。原告は悪徳不動産業者と駆け引きを楽しむつもりはない。事前通告通りの結論となったことは歓迎できる。引き延ばし戦術をとる被告が勝ち目を最初から放棄していることは、誰でも知っている。蛇の生殺しのような不安定な状態で時間稼ぎされるよりも好ましい。被告側は手続が終わると尻に帆を掛けるかのように退出した。これは、いつものことである。

東急不動産側の主張は「雰囲気的に難しい」「会社として和解する空気にならない」とのことである。それならば最初から協議に応じるべきではなかった。時間稼ぎ目的は明らかである。後日、これと矛盾する発言をさせないために、この言葉は記憶にとどめておく必要がある。「言葉は輪郭を削る。人は自分の言葉で自分を削る。自分を自分の言葉という棺に閉じ込めて、ゆるやかに窒息させていく」(海道尊『チーム・バチスタの栄光』宝島社、2006年、339頁)。

雰囲気や空気を理由として持ち出す点で終わっている。雰囲気や空気は突然生まれるものではない。求める人が日々の活動の中で作っていくものである。東急リバブル及び東急不動産には意思決定者が存在しないことを意味する。見通しもなく協議を始めて、誰も決断できないので打ち切る。そのような会社に付き合わされる原告や裁判所が悲劇である。

東急リバブル及び東急不動産がトラブルに対し、全社一丸となって解決を図る社風でないことは明らかである。出世と保身が内心の衝動核である以上、先見的自発性と積極性は皆無である。毎日の無事安泰と事なかれ主義の堅持のみである。他責文化が透けて見える。従業員は自己の責任逃れしか考えない。

誰も責任をとろうとはしない。誰かがやってくれるという意識である。都合が悪ければ自分の世界に引きこもる巻貝になる。他の部署の深刻な問題には無関心である。他人が抱える悩みに注意を払う人はいない。外部との接触や現場視察より社内で座ってコンピューターばかり見ている例が多く、積極的なことは何もしないのが無難という「不動の姿勢」が蔓延している。

役員は来る日も来る日も金にあかせてゴルフにうつつを抜かし、「勇猛果敢に突き進む恐れ知らずの大企業重役」というイメージの自己演出に汲々としているだけである。会社の緊急時よりも自分の評判を気にするサラリーマン役員ばかりである。処世術だけはうまく、スピーチには大言壮語が多い。未来や挑戦、企業のあるべき姿等について語る彼らの話を聞くと自社の現状をどのように認識しているのかと言い返したくなる。

具体的な検討に入ると、鏡の表面のように波風一つ立たせない予定調和を目指す管理職の決断力のなさが遺憾なく発揮され、物事は一向に進まない。社内評論家ばかりでは会社は一向に良くならない。そもそも正確な情報が社内に報告されているか疑わしい。期日に出るのはアルス建設とは無関係で正確な事情を知らない大島聡仁である。

悪徳不動産営業にとって都合の悪い物事を霧中に埋もれさせることは得意技である。悪徳不動産業者内では事実と異なる噂が流れると、流れの中で事実が変形し、噂通りになってしまう。あくまで社内でしか通用しないものであるが。歪んだ世界の住人には自己の歪みは分からない。狂った磁場の中にいると、狂っていることに気付かなくなる。

他人の尻拭いをしたくないどころか、足の引っ張り合いが悪徳不動産業者の現状である。同じ会社の人間に背中から刺されることは日常茶飯事である。悪徳不動産営業にとって同僚の失敗は出世のチャンスである。同僚のミスは白日の下に晒されなければ困るのである。必死になって和解を潰そうとする勢力も社内には存在するだろう。

派閥抗争に明け暮れる東急不動産従業員にとって正義や公正は関心外である。同僚の失態は権力の問題に過ぎない。誰が権力を握り、誰が失おうとしているのか、明日も権力を握っているのは誰か、それを分かち合うのは誰かという問題なのである。社内がこのような状態では東急不動産が敗訴するのも当然である。

社内では過去のルールに従って椅子取りゲームに勝利した悪徳不動産営業が会社の舵を執っている。際限のない陰湿な喧嘩と妥協の繰り返しの世界であり、隠語が支配する閉鎖的な空間である。しかし彼らがパワーゲームに興じている間に世の中のルールが大きく変わってしまった。梯子を外され、時代に取り残されてしまった彼らが世間からしっぺ返しを受けることは確実である。

「日本人の国民性の中にある、無原則性というか、目先の打算性が支配しがちな点と、髪振り乱して展開する過当競争の奔放性が日本人セールスをして、大局を見失わしめはしないか」(高杉良『不撓不屈(下)』新潮社、2006年、236頁)。

内容証明郵便

原告、電子内容証明サービスに登録し、専用ソフトウェアをインストールする(2006年4月29日)。これでインターネット経由で内容証明郵便を送付する環境が整った。5月1日に郵便局から原告宅に電子内容証明サービス利用登録通知が届く。

これまで原告は相手方への連絡手段は可能な限りソフトなものを用いることを心がけていた。いきなり内容証明郵便を送り付けられれば、たとえ全面的に非がある内容であったとしても、素直に応じたくはないという気持ちになるのではないか、と考えたためである。原告は「己の欲せざることは人に施すことなかれ」(孔子)をモットーとする。

しかし原告の仏心は悪徳不動産業者には全く通じなかった。悪徳不動産営業は屑物件を騙し売りして喜ぶ連中である。消費者を住宅ローン破産に追い込んで祝杯をあげる連中である。東急不動産住宅事業本部の大島聡仁は書かなくてもいい無礼な文言を書き加え、わざと原告の怒りを誘うような回答文書を送りつける人間である。担当者にとっても電子メールが送付されるよりも、内容証明郵便が送られた方が動き易いのかもしれない。これまでの対応を見直す必要がある。


村上世彰代表をインサイダー取引で逮捕

東京地検特捜部は、村上ファンド代表、村上世彰容疑者を証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕し、証券取引等監視委員会と合同で関係先を家宅捜索した(2006年6月5日)。ライブドアによるニッポン放送株大量取得の情報を事前に知った上で2004年11月〜2005年1月、同放送株193万余株を違法に買い付けた疑い。証券取引法166条は、上場企業の5%以上の株式を買い集める行為を「TOBに準ずる行為」とし、事前にその情報を知った者に対して株式の取得を禁止する。

「11月8日に堀江氏らからニッポン放送の経営権を取りたいとの話を聞きましたが、ライブドアの資金調達能力、勧めてもニッポン放送株を買っていない現状から、経営権を本気で取るつもりとは到底思えず、ライブドア一流の思いつきという受け止め方でした」(「意見陳述コンパクト版 村上世彰被告」東奥日報2006年11月30日)。

村上代表は、当初の否認から転じて容疑を認め、6月5日の会見で経緯を説明したが、特捜部は「捜査で判明した内容とは大きく違う」と判断。全容解明のため逮捕に踏み切った。特捜部は「過失犯のようなことを言っているが事実と違う。当初から利益目的の仕掛けだったことは明らか」とし、インサイダー取引で30億円以上の利益を得たとみている(「<インサイダー取引>村上代表を逮捕 事前に株取得情報」毎日新聞2006年6月5日)。

「村上が初めて巨額の利益を手にしたのが、東京急行電鉄グループへの投資だったことは、あまり知られていない。東急電鉄は2001年7月に、株式交換で東証1部上場の東急ホテルチェーンを完全子会社化し、上場廃止にした。このグループ再編を見越して両社に投資し、グループ再編を提案。株式交換比率の発表後に売り抜けた」(「拝金エリート 村上世彰の誤算」日経ビジネス2006年6月5日号)。

村上ファンドと東急不動産の共通点

村上世彰代表と東急不動産の論理は共通する。村上世彰代表は以下のように弁明する。「2004年11月と2005年1月にライブドアの堀江社長(当時)をはじめとする方々が弊社を来訪された際、同社がニッポン放送株式を5%以上取得したいという意向をお持ちであると伺いました。ただ、当時のライブドア社の財務状況に鑑みれば、ニッポン放送株式を5%以上買い集めることは不可能だと考えており、当該意向は、ライブドアの単なる願望だとしか受け止めておりませんでした」(村上世彰「ニッポン放送株式の売買について」2006年6月5日)。

堀江貴文被告らからニッポン放送株式取得意向を聞いていたが、単なる願望と受け止めたとして正当化を図る。東急不動産も隣地所有者から建て替えの意向は聞いていたが、願望に過ぎないとして責任を否定する。悪人の論理は知らず知らずのうちに共通するものである。

村上代表はライブドアの財務状況を考慮したと述べるが、東急不動産は隣地所有者の資産状況を調査することもなく、勝手に判断した。東急不動産は村上ファンド以上に悪質である。村上代表の虚偽は特捜部の捜査で覆されている(「村上容疑者 崩れる弁明」読売新聞2006年6月12日)。次は東急不動産の番である。

インサイダー取引被告と東急不動産の共通点

インサイダー取引をしたとして、証券取引法違反の罪に問われた被告と東急不動産の論理は共通する。山本収被告と山本浩被告は起訴事実を認めたものの、「株式分割の決定について、確定的な情報を得ておらず、インサイダー取引にはあたらない」として無罪を主張した。話は聞いていたが、不確定だったとする言い逃れが悪人の間では流行しているようである。

東証二部上場のネットワーク関連機器会社「アライドテレシス」(現アライドテレシスホールディングス、東京都品川区)の株式分割をめぐり、山本収被告や山本浩被告らがインサイダー取引をしたとして、証券取引法違反の罪に問われた。

初公判は、さいたま地裁(今岡健裁判官)で2006年11月7日に開かれた。検察側の冒頭陳述によると、山本収被告は2004年4月、アライドテレシス社の株式分割を事前に知り、分割公表前に堤被告らの名義で同社株2500株を買い付け、他の被告も収被告から情報を聞き計4000株を購入。分割公表後に全株を売り抜け、計約1430万円の利益を得たとされる。

「元役員側、無罪主張 インサイダー取引で初公判」埼玉新聞2006年11月8日
「株不正取引4被告 起訴事実認める」読売新聞2006年11月8日埼玉版

住宅ローン破産

原告は35年間の住宅ローン2270万円を三井住友銀行深川支店(東急リバブルの提携ローン)から借りている。住宅ローンは容赦なくのしかかる。年利3%とすると、利子だけで年間68万1000円払うことになる。35年間では2383万5000円である。即ち元利合計で4653万5000円払うことになる。東急不動産が卑劣な時間稼ぎ戦略を続けるならば原告としては戦線を拡大する用意がある。即ち銀行を被告とした債務不存在確認訴訟の提起である。

2003年8月8日、原告は深川支店に住宅ローン返済用口座を開設した。
8月21日、東急リバブル株式会社宛エスエムビーシー信用保証株式会社「保証料のお知らせ(ローンプラザ用)」作成日。原告住宅ローンの事務手数料、保証料の金額を定めた文書である。
8月29日、融資及び登記手続き会。原告と三井住友銀行深川支店、金銭消費貸借契約締結。
9月26日、融資日

東急不動産のビジネスモデルは、購入者に生活基盤を提供することではなく、無価値になる物件を売りつけて住宅ローン破産させることであると確信する。購入者の人生を破滅させることが悪徳不動産業者の仕事である。原告がマンションの差し押さえを受け、強制競売され、自己破産することを狙っている。破産に追い込むことができれば債務返済の責任を免除されたとしても、その後、生活していく資金も場所も何も残らなくなる。原告に残されるものは魂だけで、しかも魂は競売に出すわけにはいかない。

「住宅ローンを抱えて、ニッチもサッチも行かなくなって、ドスをふところに銀行の頭取室に“俺の借金をチャラにしてくれ!”と怒鳴り込んでも、“ハイ、わかりました。ではあなたのマンションの競売手続きをとらせていただきます”と威張りくさられます。かと言って、その物件がまともに売却できなくて、今度は銀行が真っ青になりますが、公的資金を導入。結局助かるのは銀行だけです」(武市信明『必殺管理人―マンションの裏側教えます』碧天社、2004年、272頁)。

利用してよかった住宅ローンの取扱銀行(会社)は?

三井住友銀行-口コミ|クチコミ|評判|比較|ランキング-
×行員の態度が悪く、メールでの連絡をお願いしても、業務時間中に電話をかけてくる (07/4/30)
×8月の融資実行だったのですが、担当者から返済は8月or9月どちらから?と聞かれたため9月からお願いしたところ、8月に利息分をきっちり引き落としていた。それならそう説明しろ!バカヤロウ! (07/4/24)

債務不存在確認通知書文例

債務不存在確認通知書
貴社が主張する住宅ローン債権について、下記のとおり通知致します。
貴社は、私が貴社に対し○○万円の債務を負担していると主張しておりますが、当該債務の発生原因となった不動産売買契約は消費者契約法第4条(不利益事実不告知)違反により、○年○月○日付けで取り消されました。従いまして、当該債務は最初から存在しないものと考えていますので、本書をもって通知致します。
なお、今後において不当な請求等があった場合においては、請求禁止を求める仮処分、又は損害賠償請求の申立て等の法的措置を取らせていただきますので申し添えます。

                         平成○○年○○月○○日

 ○○県○○市○○町X−X−X
         ○○○○ 印

 ○○県○○市○○町X−X−X
  株式会社○○○○
         代表取締役 ○○○○殿

三井住友銀行に業務停止命令

金融庁は、三井住友銀行に対し、優越的な立場を利用し取引先企業に金融派生商品の購入を強要したとして、一部業務の停止命令を発動した(2006年4月27日)。銀行が優越的地位の乱用で業務停止命令を受けるのは初めて。原告は三井住友銀行から東急リバブル提携住宅ローンを借りている。

法人営業部の金利系デリバティブ商品の販売業務を、5月15日から半年間停止するよう命令。法人営業拠点の新設を同日から1年間できなくする。役職員の責任の所在明確化を含めた業務改善命令も、同時に出した(「三井住友銀に業務停止命令=取引先への商品購入強要で−金融庁」時事通信2006年4月27日)。事実上、西川善文前頭取らの責任も指摘した(「問題商品の販売を半年停止 金融庁、三井住友銀を処分」共同通信2006年4月27日)。

三井住友銀は融資先の中小企業に、融資の条件として「金利スワップ」と呼ばれる金融派生商品を無理に購入させていた。金融庁の調査の結果、問題のデリバティブ販売は2001年から2004年にかけて少なくとも数十件行われていた。同行は不良債権処理費用を確保するため厳しい収益ノルマを営業現場に課していたとされる。金利スワップは、本来は企業側が融資金利の変動リスクを抑える利点がある。

公正取引委員会は2005年12月、この取引を独禁法違反(不公正な取引方法、優越的地位乱用)行為と認定して排除勧告し、同行も応諾した。金融庁は勧告を受け、金融派生商品の販売で同様の強制がなかったかどうかを調べるため、同行に銀行法に基づく報告を求め、報告された1万件以上の取引の実態を精査していた(「金融庁、三井住友銀を行政処分へ…金融商品購入を強制」読売新聞2006年4月26日)。

営業現場に過度なノルマを課していたことが原因である。奥正行頭取は記者会見で「スワップ商品の半年間の販売停止で単純計算で約200億円の減収となるが、信頼を失う衝撃は計ることができない」と述べた(「三井住友銀行政処分 収益至上が原因」読売新聞2006年4月28日)。

デリバティブは金融商品の価格変動リスクを回避あるいは低下させる目的で取引する金融派生商品を指す。例えば、輸出に依存する企業にとって円高は為替リスクであり、経営悪化の要因となる。そこで、円高がある水準を越えれば補償金を受け取れるという内容のデリバティブがあれば、円高の影響を小さくすることができる。デリバティブ取引の代表的なものは、オプションやスワップである。オプションとは、あらかじめ定められた期間内に予定価格で金融商品の売買を選択する権利の取引を指す。デリバティブはリスク回避のためだけでなく、投機目的で取引されることもある。

「融資を受けたい企業にとって取引銀行の言葉は内容を問わず、圧力になりうる。まして、当時は銀行の貸し渋りが問題になった不況の最中である。不利な扱いをにおわされれば、購入を強制されるに等しい」(「三井住友処分/収益偏重のつけは大きい」神戸新聞2006年4月30日)。

西川善文前頭取に役員報酬返還要請へ

三井住友銀行は、当時の経営トップだった西川善文前頭取(現日本郵政株式会社社長)に対し役員報酬の返還を要請することを含めた関係者の処分について検討に入った(2006年4月26日)。大手企業が既に退任した経営トップに対し、当時の役員報酬の返還を要請するのは異例。当時の経営トップの責任明確化も避けられないと判断したとみられる(「三井住友銀 西川前頭取処分へ 金融商品強制販売 役員報酬を返還」産経新聞2006年4月27日)。

西川前頭取や法人部門責任者だった水島藤一郎元副頭取らすでに退任した責任者に対して、役員報酬の返還要請を含め具体的方法を検討する。当時の役員報酬の返還は、税法上では贈与に当たる可能性もあり、返還方法や金額など詳細は今後検討する(「西川前頭取に返還要請へ 役員報酬で三井住友銀」共同通信2006年4月26日)。西川氏は2005年6月の定時株主総会で、公的資金完済まで退職慰労金の受け取り辞退を表明している。

三井住友銀行については以下の疑惑も報道されている。「中小企業だけでなく、某上場企業にも、こちらはシンジケーション型コミットメントラインなるものを、やはり「押しつけ販売」していたというものだ。……三井住友銀行は、この上場企業の株を某外資系企業が買い占めていることを奇貨とし、このコミットメントラインを契約してくれなければ、三井住友銀行の保有するこの上場企業の株を、あろうことか買い占め中の某外資系企業に売ると脅し、強引に契約させたというのだ」(山岡俊介「西川善文前三井住友銀行頭取に、日本郵政社長の資格はあるか!?」ストレイ・ドッグ2006年4月29日)。

防衛省A級競争入札業者「山田洋行」と三井住友銀行との只ならぬ関係(実例1)
http://accessjournal.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=2290
防衛利権巡り内紛の山田洋行と三井住友銀行とのただならぬ関係 
http://accessjournal.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=2246
西川善文前三井住友銀行頭取に、日本郵政社長の資格はあるか!?
http://accessjournal.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=1530

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